bandicam 2020-09-27 17-22-32-624


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私の伯父さんの友人の木島さんは東北某県の生まれで、山間部のその集落は今もありますが、 かなりの過疎地で、現在では年寄りだけの家数十件しか残っていない所だそうです。

子ども時代をその地域で過ごしたんですが、今から40年前の日本の経済成長時代でも、 店は集落に1軒しかなく、海のものを生で食べることはまずなく、 行商人がときたま魚の干物を持ってくるくらいだったそうです。






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農業以外の仕事はせいぜい炭焼きくらいしかないうえに、、昼は人の歩く姿を見かけない、 とても寂しい感じの集落だったといいます。
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その集落は、山の斜面に墓地はありましたが寺はなく、 寺の用事がある時には、かなり離れた他集落までわざわざ行かなければならなかったため、 信仰については、活発ではなかったそうです。

その代わりに信仰されていたのが、 村で唯一の神社で、「いやしき様」と言ったそうですが、どういう字を書くかは、 今もってわからないとのことでした。

その神社はまだあり、 年寄りが細々と維持しているそうです。年に一度、秋の収穫の後にお祭りがありましたが、 お神輿を担ぐとか夜店が出るとかの賑やかなことは何もなく、 ただ境内に集落の主だったものが集まって新穀を捧げ、 神主、これもいつも居るわけではなく、昔からの集落の大家の当主が、 そのときだけ神主の格好をして務めたそうです。 正式な資格が必要であったかもわからないということでした。
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それで、祈祷が済むと、全員が声を張り上げてその神社の忌み言葉である、 「きよねお(を)わ(は)かえい」というのを唱和し、 その後に手を打ってお神酒を回し飲みして終わりという簡素な行事でした。


この忌み言葉は、自分の手帳にメモが残っていますので、これで間違いないと思うんですが、 でも「忌み」と言っても、こんな言葉、間違って言ってしまうことなんてないですよね。 自分が知っている忌み言葉の多くは、日常ごく普通に使用されるもので、結婚式で、 「別れる、切れる」などと無意識に言ってしまうことを諌めるものですが、 こういう例はめずらしいと思います。だってまず覚えるのが困難なわけですから。
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「きよねお(を)わ(は)かえい」を並べ替えると、何か別の語になるということですね。 昔、おそらく江戸時代に、集落には「いやしぎ様」の神主一族の他に、 もう1軒大百姓がいて栄えていたんですが、その何台目かの当主が馬肉が好きで、 亡くなった農耕馬を買い取ったり、遠くから取り寄せたりして鍋にして食っていたそうです。

むろん江戸時代は葬るは禁じられていましたが、 前に書いたとおり、その集落には寺がなかったため禁制も緩かったのかもしれません。


その当主の跡取り息子が他の村から嫁を迎えることになったのですが、 婚礼の前の夜、当主が夢を見たのだそうです。 自分は縛られた状態で草の上に転がされており、まわりを紋付きを着た人が取り囲んでいたが、 どの人もみな馬の長い頭をしていたんだそうです。 焚き火に鍋がかかっており、当主は「これは自分が煮て食われるんだ」と思いました。
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まあ、現代の解釈では無意識に馬を食うことの罪悪感が生じて、 そんな夢を見たということになりそうですが、その馬人間たちは当主を足で転がしたり、 火の加減をみたり、鍋に野芹を入れたりしながら、 同じある言葉を大声で叫んでいたのだそうです。

馬人間の一人が大きな包丁を持ち出してきて、 もう体を切り分けられるというところで、当主は汗をびっしょりかいて目を覚ましました。


そのときには、夢の中でとても怖い目にあったことは覚えていたけれど、 細部は忘れてしまっていたということです。 息子の婚礼は自分の屋敷の何間かをぶちぬいて行われたのですが、 いよいよ固めの三三九度が終った後、息子が盃から口を離し、 「◯◯◯・・・」という語を発すると同時に血を吐き、 前のめりに倒れて亡くなってしまったのです。
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当主はそれを聞いて夢の出来事を思い出し、 その言葉が馬人間がしきりに叫んでいたものであることに気がつきました。 急遽医者を呼んだのですが、息子はそのまま事切れてしまい、 もちろん縁談はなくなりました。その年のうちに、息子の弟たちも次々に突然亡くなり、 娘はいなかったために養子を迎えざるをえなくなりました。


また、同じ年には村の農耕馬も、まだ若いものも次々に倒れて亡くなったでいったそうです。

当主だけはその後もしばらく生きていまして、どう考えても馬の祟りだろうから、 この出来事を忘れないようにと、息子が叫んだ言葉の語の順を並べ替え、 養子に忌み言葉として伝えたんだそうです。その後、家は傾きだし、 養子の代に、もう一方の勢力である神主の家に屈する形で取り込まれてしまいました。

それで、その忌み言葉が神社に代々伝えられているのだそうです。
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もう一つ、「いやしき様」に関して聞いた話があります。


ある家に子どもが生まれて、1・2歳の言葉を話し始める時期になって、 家の天井、昔は二階はなく高い藁ぶき屋根の場合が多かったんでしょうが、 そのどこか一角を見つめて視線をそらさなくなるということがあったそうです。


それで、その子に「何がいるの、何が見える?」と聞くと、 子どもはにこにこ笑いながら「いやしき様が来ている」と答えまして、 そうなると一大事です。 なぜなら「いやしき様」が見えてしまった子は、七つの歳を迎える前に亡くなることが多かったからです。


この「いやしき様」が見えるのはほとんどが男の子だったということでした。
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家族は、「大変だ、とられてしまう」ということで、 急いで神社に出かけて神事を行い、自分の子をどうかとらないでくれとお願いする。 それから家に戻って、その子が「いやしき様」が来ていると言った天井の方角に、 梁から笊を吊るしたんだそうです。農具のザルというものですね。


そうするとその子は、その方角を見なくなり、 見ても「いやしき様」が来ているとは言わなくなる。 その場合、その子は長らえることができたということでしたが、 笊を吊るしても、別の方角に「いやしき様が来ている」と言うことも稀にあり、 その場合は、神様にそれほど気に入られているなら、と親はあきらめたものだということです。


むろん、木島さんが子ども時分には、これは単なる言い伝えとして伝えられるだけで、 「いやしき様」を見た子がいたり、笊をかけたりなどのことはなかったそうです。



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参考:
Reddit
Daily Mail
Yahoo News
https://girlschannel.net/topics/-
ライター及び編集:saki https://anchorage.5ch.net/test/read.cgi/occult/1234576894/