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Mystery master
俺の生まれ育った村は、田舎の中でも超田舎。

もう随分前に市町村統合でただの一地区に成り下がってしまった。
これは、まだその故郷が○○村だった時の話。俺が小学6年生の夏のことだった。

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その日はソンチョというあだ名の友達と2人で、村の上に広がる山の探険に行った。 ソンチョがなぜソンチョかと言うと、何を隠そう当時の村長の孫で、そのままソンチョと呼ばれていた。

村長の孫だからと言って別段真面目という訳でもなく、どちらかと言うと不良で、『立ち入り禁止』の立て札を見ると真っ先に 「後で入ってみようぜ」と言うような野郎だった。

俺はそんなソンチョが大好きで、いつもソンチョの後ろを追いかけていた。

「コンクリの道路は何もない。獣道って知ってるか? 熊とかタヌキとか、危険な動物が通る道のことだ。今日はその道を登ろうぜ」

使い古して踵に穴が開いた靴が歩きづらいらしく、ソンチョは山に着くなりはだしになった。もちろん、靴下なんか履いていない。

「ソンチョ、はだしで登るんか? 危ないぞ、怪我するぞ」

「お前はいつもそうだ。お前は車も通ってないのに赤信号を守るんか。ジジイが、そんなんだと危機管理能力が育たんって言ってたぞ」

「ききかんり…なんて?」

「俺もよう知らん。大人の言葉じゃ」

ソンチョは大人が使う言葉をよく知っていた。
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村長の爺さんの傍で色々な言葉を覚えるが、一回しか聞いたことがない言葉を使いたがるもんだから、その意味までは解っていなかったが。

「じゃあ、俺もはだしになる」

「それがいい。獣が作った道を通るんだからな。靴を履いてたら逆に怪我するかもしれんぞ」 ソンチョがそう言うならそうかもしれん。

俺は靴下を履いていたが、親指には穴が空いていたので、それを更に破り腕を通して、今で言うアームウォーマーみたいな感じにした。

「どうだソンチョ、完全装備だ」

「いいな~、それかっこいいな。今度俺もやってみようかな」

「怒られるけどな」

ソンチョと俺は笑いながら、コンクリ道路から脇に抜ける山道へと入った。
ジジババも登る道だから、これは獣道ではない。
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どんどん登って辺り一面、背の高い木しか見えなくなった頃に、ソンチョが右を指差した。

「こっちだ。こっちが獣道だ」

「木ぃしかないぞ。それに、うるしの葉っぱが生えとるぞ。うるしは触ったらかぶれるから、俺はいやじゃ」

「お前はまたか。自分で完全装備ってさっき言ってたじゃろが。俺の第六感じゃ。こっちに獣道がある」

「第六巻? なんかの本か?」

「俺もようわからん」

「なんだそりゃ」 今思えば、あの時のソンチョの『第六感』の使い方は合っていた。鼻で笑ってごめんな、ソンチョ。

「ほれ見ろ、獣が通った跡があるだろ? 獣道じゃ」

「ホントじゃ。道があるなぁ。ジジババは通らんし、獣が作った道なんじゃろな」

「行くぞ。俺とはぐれたらお前、死ぬからな。腕の装備は役に立たん。もうお前、うるしでかぶれとるし」

「ホンマじゃ!手の甲がかぶれてやがる!」

俺は爪で手の甲にバッテン印を付けて、「これであと一時間はかゆくない」とソンチョの隣を歩いた。
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実はちょっと怖かった。

太陽の光は森のカーテンで遮られ、まだ昼前だというのに薄暗かった。

獣が通る道なら、熊と出会ったらどうしようか。 そういえば母ちゃんが、鈴は熊避けになるって言ってたな。

『ソンチョは持ってきてるか?』

とソンチョに聞きたかったが、『またお前は』と言われるのが目に見えていたのでやめた。 それにその獣道は、進むにつれて不思議と人間が作った道のように歩き易くなっていった。

「足の裏が痛くなくなったなぁ。獣道はもうおしまいか?」

「うーん、おかしなぁ。獣道が、途中から普通の道になってんなぁ。熊さんはここらで飽きてしまったんじゃろか」

どういう訳かは解らないが、どうやら本当に獣道は終わったらしい。

その証拠に、目の前に石段が見えた。 獣道は終わったが、逆に心が躍った。

こんな場所は知らない。聞いたこともない。

この石段の上には何があるんだ?

「よし、競争じゃ!先に上に着いたほうが山のボスじゃ!」

「待って、ソンチョ!ずるいぞ!」

『よーいどん』

も言わず駆けだしたソンチョに勝てる筈もなく、今日のボスはソンチョに決まった。 しかし、石段を登りきった俺達は、そんな些細なことはすぐに忘れることになる。
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そこには小さな神社があった。

正確には『神社だった建物』になるんだろうか。

入口の鳥居にはツルが巻きつき、鳥居の形の植物が出来上がっていた。 鳥居をくぐると左右に木造の小屋があり、正面には本殿がこじんまりと佇んでいる。

塗装が完全にはげた灰色の本殿にもツルが伸びていたが、本格的な浸食は免れていた。

「神社だ!ソンチョ、こんなんこの村にあったんか?」

「俺も知らんて!たぶん、俺のジジイも知らんぞ。村長が知らんのだから、誰も知らんということになる!こういうのなんて言うか知ってるか?」

「知っとるぞ。秘密基地じゃ!」

ぱん、とハイタッチをすると、俺達は本殿の階段を登った
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本殿の神様を祀ってある部屋は格子状の木で囲まれていたが、南京錠は錆びて今にも取れそうになっていた。

「おい、中に入るぞ」

「中に入るって、錠がしてあるぞ。それにここは神様の部屋じゃろ。入ったらいかんて」

「ここは俺達の秘密基地じゃ。神様なんかおらん。それにこんなもんはこうじゃ!」 ソンチョは思い切り南京錠を引っ張った。

南京錠はバキッと簡単に取れてしまい、格子木の扉がギギギと音を立てて開いた。

太陽の光は部屋の中までは届いていない。

目を凝らしても真っ暗で、奥に何があるのか見えなかった。

「んじゃ、入るぞ」

「むりだよソンチョ、これは怖いよ。怒られるよ」

「怒られるって誰にじゃい。この場所を知ってるのは俺達2人だけじゃ。中に入るぞ。お前は俺の後ろについてこい」

部屋の大きさは12畳ぐらいだろうか。そんなに広いとも感じなかったが、怖がっているせいでなかなか奥に進めずにいた。

ソンチョも実は怖かったみたいだが、俺の手前強がって見せていたんだと思う 暗闇でのネ果足は危険だ。釘が落ちてたら痛いじゃ済まない。

一歩進んでは立ち止り、「へぇ、こうなってるのか」「まだ目が慣れん」とか軽口を叩いていたが、一気に奥に行く勇気がなかっただけ。

「ようやく目が慣れてきたな。奥に何か見える」

「ソンチョ、あれは神様と違うんか。あの木の箱の中に神様が住んでるんだろ」

「オバケが出ないなら神様だって出ないんじゃ!ほんと怖がりじゃ、お前は」
ソンチョは今度は強気に歩を進め、奥に祀ってあった木の箱の前までやってきた。

今だから分かることだが、本当なら神社には鏡や矛なんかが祀られているらしい。

蛇足になるが、これはヨリシロと言って、神様が現世にいる間の仮住まいにするとか何とかで…。

でも、その部屋には木の箱しかなかった。

しかも床にべた置きで、とても祀ってあるようには見えなかった。
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「ソンチョ、その木の箱なに?」

「わからん。でも上に穴が空いちょる。お前、手ぇ入れてみるか」

「いやじゃ。そんなんするぐらいなら帰る。…ソンチョ、それはアカンて。持ったらアカンて」 ソンチョは木の箱を持ち上げると、全力ダッシュで部屋を飛び出した。

「置いてかないで、ソンチョ!」

「お日様の下で見ないと何かわからん。お前も早く来い」

部屋を出てから改めて木の箱を見ると、木の箱は真っ黒に染められており、上辺だけちょうど片手が入るぐらいの穴が開いていた。

穴の中を覗いてみたが、箱の中も真っ黒で何も見えない。

たとえお日様の下でも、この箱の中に手を入れるのははばかられた。

ソンチョは箱を持ちあげ上下にぶんぶんと振ると、中でカシャカシャと音がした。

「何か入っとるな」

「もう戻そうよソンチョ。誰か来たらどうするんじゃ」

「誰も来ない!ここは秘密基地だと言ったろが!で、どうする。どっちが手ぇ入れるんか」

「俺は嫌じゃ。ソンチョが持って来たんだから、ソンチョが手ぇ入れろ」

「俺かて嫌じゃい。便所虫が入ってたらどうするんじゃ、ばっちぃ。どっちも嫌ならジャンケンしかなかろ」

最初はジャンケンも嫌だと俺が食い下がったが、こういう時のソンチョは恐ろしく頑固だから、 結局俺が根負けして、ジャンケンすることになった。

案の定、俺が負けた。不思議なもので、絶対に負けたくないと思っている時ほどジャンケンは弱くなるものだ。

「便所虫入ってたら、俺、本気でソンチョのこと嫌いになりそう」

「もし入ってたら俺は逃げるからな。便所虫だけは苦手じゃ」

「手ぇ入れるぞ…なぁ、ホントに入れないとアカン? アカンよな、ジャンケン負けたしな。 あ、なんか入ってる。なんじゃこれ、木の板じゃ」

箱から手を抜き出すと、かまぼこの板ぐらいの大きさの木の板だった。

その板には墨で『小鳥遊』と書いてあった。
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「ことり遊びってなに?」とソンチョに尋ねたが、ソンチョも解らなかった。

後で判ることだが、これは『ことりあそび』ではなく『たかなし』と読む。

誰かの名字だ。

「ソンチョ、まだ沢山入ってるぞ。みんな同じかなぁ」

「今度は俺が取ってみる…お、次は『山口』じゃ」

そうやって交互に一枚ずつ木の板を取り出した。 前田とか三瓶とか、人の名字が書かれた木の板ばかりだった。

それを地面に並べて「なんぞこれ?」と二人で頭をひねっていた。

「わかったぞ、これ檀家とかいうやつだ。この神社にお金くれる人たちを、おぼえ書きしとるんじゃ」

「へぇ、そんなんがあるんか。ソンチョはホントに物知りじゃ」

「俺のジジイも、お寺の檀家しとる言ってたから」とソンチョは胸を張って言った。 これも後になって判ることだが、この場所が神社なら、氏子と言うのが妥当だったろう。

「ソンチョ、これで箱の中身は全部?」

「ちょお待って…ん、底に一枚張りついとる。なかなか取れないぞ…うぉっ!」

底に張り付いた板を思い切り引っ張ったせいで、板が剥がれた勢いでソンチョはその手を高々に振り上げた。

その最後の一枚は、他の板とは様子が違っていた。 その板は全体が箱と同じ真っ黒に染められており、平仮名で文字が彫られていた。

「えーっと…お、ま、つ、り?」

真っ黒な木の板には『おまつり』と彫られていた。

「ソンチョ、これも檀家とかいうやつか?」 「ようわからん」

その時は別段怖いとも思わなかった。 たいして面白いものも見つからなかった残念な気持ちが大きく、秘密基地を見つけた時の高揚が少し萎えてしまった。

「便所虫は入っとらんかったな」

「つまらんなぁ。でもダイジョーブじゃ!まだ小屋は二つある!」

そう言って、ソンチョはまた俺を連れて残る二つの小屋の探索に向かった。
しかし、残る小屋は本殿よりもつまらなかった。錠も掛けられていないし、小屋の中にも何も無い。
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気付けば夕刻が近付き、あと一時間もすれば空が赤く染まるぐらいの時刻。

もちろん時計なんてないから、野生児の感覚だったが。 俺達は本殿に上る石段に座って、神社の敷地全体を眺めていた。

「結局檀家の板だけだったなぁ」

「でも秘密基地を見つけたんじゃ。ここは何かに使えるぞ。そうだ、デンツキなんかどうじゃ? 隠れる場所は一杯あるぞ」

「でも二人だけじゃデンツキはできん。誰かにこの場所教えんと」

「それはなんか嫌だなぁ。ここは俺とお前の秘密基地じゃ」

ソンチョにそう言ってもらえた時は本当に嬉しかったな。 この頃は俺はソンチョの手下みたいな感じだと自分で思っていたのだが、ソンチョ自身は対等なダチンコとして見てくれていたのだ。

「そういえば、昼飯食ってなかったなぁ…。ソンチョ、木イチゴ見つけんかったか?」

「木イチゴは見つけとらん。ヘビイチゴはあったけどな。あれは酸っぱくて食えん」

「腹減ったなぁ…そろそろ帰る? もうちょっと見てまわる?」

「そだなぁ。…なぁ、お前に頼みがあるんじゃ。お前にしか頼めん」

「なに?」

「あのな、俺も腹減っとるんよ。お前のな、手ぇ、食わせてくれん?」

「手ぇ? じゃあ、かぶれてない方の手ぇ食わしちゃるよ。ソンチョだから、食わせちゃるんだからな。他のヤツだったら食わせんぞ」

「ごめんな、ごめんな…俺、食うたことないから。痛かったら、ごめんな」

「いいって。ダチンコじゃろ、俺達。ソンチョ、おまつりなんじゃから、もっと偉そうにしていいんよ」
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最初に正気に戻ったのは俺だった。

右手に激痛を感じてハッと我に返ると、ソンチョが俺の右手に噛みついて、噛み切ろうと頭を激しく揺らしていた。

「アカン!アカンって!ソンチョ、やめてくれ!血ぃ、血ぃ出とるよ!」

記憶が途切れているとか、そんなことはない。

はっきりと『手を食わせてくれ』と言われ、俺はさっきまで確かに『ソンチョになら食わせてやるよ』と本気でそう思っていた。

ソンチョをバーンと突き飛ばすと、ソンチョは石段から転げ落ちて地面に額をぶつけた。 ソンチョはおでこをさすりながら石段の上の俺を見上げた。

「なんでじゃ。手ぇぐらいええじゃろ!俺はおまつりだぞ!手ぇぐらいええじゃろ!」 気付けばソンチョは涙を流していた。

その涙が額を打った痛みからなのか、俺の手を食えないことからなのか、その時は分からなかった。 本当は、そのどちらでもなかったのだが。

「うぅ、痛い。ソンチョ、アカンって。元に戻ってくれ、ソンチョ、元に戻ってくれ」 臆病者の俺だったが、その時は怖いという感情を抱かなかった。

それよりも、ソンチョを元に戻さないとという使命感で一杯だった。 自分自身もさっきまで狂っていたからだろうか、額からは自らの血を流し、口の周りを俺の血で染めたソンチョを見ても、不思議と怖くはなかった。

「ソンチョ!!!」

いつの間にか俺も涙を流していたが、最後の一声でソンチョも正気を取り戻してくれた。

「俺、お前の手ぇ食おうとしたんか」

「元に戻ったんか。あれはソンチョじゃないよ、ソンチョもわかっちょるじゃろ」

「うん、あれは俺じゃない。けど、けどごめんな。俺、お前を食おうとした」

「ええて、ソンチョ。それより、手ぇ、痛い」

「お前、手ぇからむちゃくちゃ血でとるぞ!腕に巻いてる靴下で血止めれよ!」

「そんなん言ったらソンチョだって、おでこから血ぃ出てるよ」

「ホントじゃ!出とる!」

二人とも正気に戻ると、今度は怪我の痛みを激しく感じるようになった。 俺は出発する時に腕に通した靴下で右手をぐるぐる巻いて、ソンチョは自分のシャツで額の血をぬぐった
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ここは、危ない。

漠然と、でも確信的にここは危ないと二人ともそう感じて、逃げるように鳥居をくぐって、元来た獣道に戻った。

獣道まで戻ると、改めて怖いという感情がその場を支配した。

「なぁ、何なん? あの神社。俺、怖いよ。ソンチョがソンチョじゃなかった」

「それ言うたら、お前だってお前じゃなかったじゃろ。はよう帰ろうや。怖くてたまらんぞ」

「なぁ、ソンチョ、おまつりって何なん?」

「知らんて。縁日か何かと違うんか」

「自分で『俺はおまつりだ』言ってたじゃろ」

「だからあれは俺と違うって」

どちらともなく走っていた。怖かった。 あの神社で自分達に起こったことが、一体何だったのかが解らない。得体の知れない恐怖
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ついに山の入り口、コンクリ道路に帰って来た。 途中に脱ぎ捨てたソンチョと俺の靴があったから、間違いなく帰って来たのだ。

「あぁ、よかった。俺、もう帰ってこれんと思った」

「アホ言うな。俺がついとるんじゃ、迷う訳ないじゃろ。それより、お前その手ぇちゃんと消毒しろよ」

「ソンチョも、おでこ消毒せんとアカンぞ」

「わかっとるよ。あと、ジジイにあの神社のこと聞いてみる。今日あったこと、全部は話さんよ。きっと信じてもらえんから」

「うん、秘密基地にはできないな」

「そんなもん、怖くてできるか。俺は二度と行かんぞ」

ちょうど俺の家とソンチョの家への道が分かれる電柱の下で、

「そんじゃな、また明日お前んちに行くからな」

「うん、待ってるから、来てよ。なぁ、ばいばいする前に聞いとくけど、お前、ソンチョだよな」

「アホ言うな。まだ怖がってるんか。俺はソンチョじゃ。お前の手ぇなんか食いたくないわい」 その言葉に安心して、俺達はバイバイした。
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家に着くと、母親は手の怪我にかなり驚いていたが、「子供は加減を知らんのや」と言って赤チンをつけてくれた。

それよか、かぶれた左手の方を怒っていた。

「うるしはかぶれるってゆうたじゃろが」と。 母親と、仕事から帰って来た親父に神社のことを聞いたけど、 「山の中の神社? 知らんなぁ。聞いたことないぞ。誰かおったんか。今度俺も連れていき」 という感じで、何も情報は得られなかった。

きっと明日になったら、ソンチョが何か調べてくるに違いないじゃろ。

風呂に入りながら、そんな風に考えていた。

しかし今回に限っては、家に着いたら遠足は終わり、ではなかった。
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翌朝10時頃。

俺の家に来たのはソンチョではなく、ソンチョの母親だった。

「○○君、△△(←ソンチョの本名)はな、いま病院におるんよ。 昨日の夜にあの子、てんかん起こしてな。ちょっと怪我して、入院しとるんよ。 あの子、頭打って帰ってきたから、それでかなぁて思ったんだけど、違うみたいなんよ。 意識はっきりしとるし、変なことは何も言うてないし。 今朝になって、○○君を呼んでくれってずっと言うもんだから」

それで俺を呼びに来たんだと。

脳裏に過ったのは、やっぱりまだソンチョに戻ってなかったのではないか…
ということだった。
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俺はソンチョの母親の車に乗せられて、ソンチョのいる病院まで向かった。 もしソンチョじゃなかったらどうしよう。

また俺の手を食わせてくれと言われたらどうしよう。 病室に入ると、頭に包帯を巻いたソンチョがベッドに横になっていた。

胸元にも白く映える包帯が見えた。 最初に声をかけてきたのはソンチョの方だった。 「よぉ」 「ソンチョ…」

俺はどう答えていいのか分からなかった。 もしかしたらソンチョじゃないかもしれない。 ソンチョの痛々しい姿を直視できなかった。

「母ちゃん、俺こいつと二人で話したいから、どっか行ってくれ」

「親に向かってどっか行けとは、なんじゃろお前は。じゃあジュース買ってきちゃるから。○○君、△△のこと見といてね」

そうして病室には、ソンチョと俺の2人になった。正直に言おう。

俺はこの時怖かった。

「おまえ…ソンチョか? それとも、昨日の神社のやつか?」

「なぁ…手ぇ、食わせてくれんか…」

「お前、やっぱり!!」

「ウソじゃウソ!お前はすぐ…面白いなぁ。俺じゃ。ソンチョじゃい。それより、お前は昨日は何もなかったんか」

「何かあったらここに来とらんぞ。ホントにホントのソンチョか? 俺の手ぇ、食いたくないか?」

「食いたくないわいお前の手ぇなんぞ、ばっちぃ。まだ便所虫の方がきれいじゃ」

「ソンチョ…ソンチョだな? 間違いないな? 昨日何があったんじゃ?」

「あのな。お前に話していいのか、ちょっとわからん。お前は臆病者だから、もしかしたら俺のこと嫌いになるかもしれんぞ」

じゃあなんで俺を呼んだんだと尋ねると、話して良いか分からんから呼んだんだと。 でもそのやり取りで、目の前にいるコイツは間違いなくソンチョだと分かった。

「いい。ソンチョのこと嫌いになんてならん。俺達、ダチンコじゃろ」

「なら、話す」

そしてソンチョは昨日の夜、俺と別れてから起こったことを話し始めた。
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「あのな。あの後、真っ直ぐ家に帰った。 家に帰って、母ちゃんにしこたま怒られた。ほら、おでこから血ぃ流してただろ?

 
それでじゃ。 まぁそんなことはどうでもいい。 みんなでご飯を食ってる時じゃ。 俺なぁ、急に神社にいた時の感じになってきたんよ。

だから、そん時は俺じゃないんよ。だけど、動いたり感じたり考えたりしてるのは俺なんよなぁ。 あの感じ、不思議なんだけどなぁ。

俺な、自分の心臓がどうしても食べたくなってな。 食ったこともないのに、美味しい美味しい心臓がどうしても食べたい、って気持ちになってなぁ。

台所に包丁取り行って、自分で自分の胸を切ったんじゃ。でも切った痛みで正気に戻ったんじゃ。 多分母ちゃんは、俺がてんかん起こしたとか言ってたじゃろ? 多分周りから見ればそう見えたんだろなぁ」

俺はぽかんと口を開けて聞いていた。 ソンチョが自分で自分の心臓を食おうとしただなんて。胸の白い包帯はそのためか。

「それホントか? また俺を怖がらせるためのウソじゃないだろな」

「ホントじゃ。だから、お前も気ぃつけろ。たぶん、神社の時のアレ、まだ全部抜けとらんぞ。 あと、ジジイに神社のこと聞いたけど、やっぱり何も知らんかった。 嘘吐いている風でもなかったから、ホントに知らんみたいだ」

「村長が知らんのだったら、誰も知らんのと違うんか」

「そうなるかもな」
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そこでソンチョの母親が帰って来た。その手にはオレンジジュースが2本。俺とソンチョと、仲良く飲んだ。 ソンチョの母親の前では神社の話はできなかったから、ジュースを飲み終えると俺は「帰るよ」と席を立った。

その別れ際のことだ。

病室を出ようと背を向けた俺に、ソンチョが話しかけてきた。

「なぁ」 「なんじゃ?」

「俺な…俺達な…ダチンコだよな」 「当たり前じゃ。俺の手ぇ食わせたろか」

ソンチョらしからぬ弱気な言葉に、俺は軽口で答えた。

ソンチョは「そんなマズそうなもん食えるか」と、最後はソンチョらしかった。

家まで送ってもらう車の中で、そういえば神社の檀家の板を元に戻していなかったなと思い出したが、 もう二度とあの神社には行く気がせず、忘れることにした。

実はこの後程なくして、あの神社が何なのか、『おまつり』って何だったのか判るんだけど、それはまた別の話で。

ちなみに今、俺とソンチョは、同じ学校で先生をやってる。

勤めるなら故郷の村が良かったけど、もう村には学校がないから。

過疎ってやつだ。

学校じゃ本名で呼ぶけど、二人で飲む時は今でもソンチョって呼んでる。 もちろんこれからも、ソンチョと俺はダチンコだ。
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後日談

ソンチョは一週間程で退院した。

「まだな、胸に糸が縫われとるんよ。見てみ、これが糸じゃ。これ、しばらくしたら抜きとるらしいぞ」

「この糸抜くんか? それは痛いじゃろなぁ。しかし、傷でかいなぁ。ソンチョはサクッと切ったんじゃな。血ぃとかすごかっただろ?」

「自分でもようよう覚えとる。包丁でザックリいったんじゃあの時。痛かったな~」 そりゃ自分で切ったんだから覚えとるじゃろと、その時はもう武勇伝というか笑い話。 ホントは2、3日で退院できるぐらいの浅い傷だったそうだ。

でも頭がおかしくなってるかもしれんからと、ソンチョの母親が心配して入院させてたらしい。 入院というよりは、様子見と言うべきだろう。

「ひどい母ちゃんじゃろ。自分の子供に向かって、頭おかしくなってるかもしれんて」

「さすが、ソンチョの母ちゃんじゃ。思ってもなかなかそんなこと言えんぞ」

「病院はヒマで亡くなりそうだったわ。探険もできんのじゃ。歩きまわると、お医者様が『傷口開くぞ』って脅すんよ」

「それは怖いな」 田んぼの排水溝でザリガニ釣りしながら、そんな話をしていた。 久しぶりにソンチョと遊べるもんだから、嬉しくて嬉しくて。

「あとな、あの神社のことだけど」

「なんかわかったの?」

「何もわからん。ジジイだけじゃなくてババにも聞いたけど、神社なんて知らんて。 父ちゃんと母ちゃんにも聞いたけど、やっぱりそんな神社知らんて」

「ソンチョのジジババがわかんないなら、わかんないんだろなぁ。神社の話、どこまでしたん?」

「俺達があの神社に行ったことは言うてないよ。
だから、『友達から聞いたんじゃけど、あの山に神社ってあんの?』って感じかな。 別になぁ、ジジイもババも隠すそぶりとかしてないからなぁ。

危ないから探すなとも言わんし、神社あるならお参り行かんとなとかほざきよる。
ホンットに知らんようじゃ」

「俺のジジババはもう亡くなってるからなぁ。わからずじまいかなぁ」

「八方塞がりじゃ。にっちもさっちもいかんことを、八方塞がりと言うらしい」

「じゃ、今の俺達は八方塞がりじゃ」

その日はソンチョの退院翌日だったから、大事を取って走り回る遊びはしなかった。
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でも、ソンチョが我慢できなくなって「木のぼりぐらいええじゃろ」と言うものだから…。 公園に行ったのは間違いだったかな。

「夏休みのうちに退院できてよかったな」

「全然よくない。プール入ったらダメなんじゃ。プール入ったら亡くなるって」

「そりゃそうじゃ。胸がパカッといってしもてるんじゃから」

その日はホントに楽しかった。 暗くなるまで遊びたかったが、「母ちゃんが今日だけは早く帰って来いって」と、夕方早々にソンチョとしぶしぶ帰路についた。

そしていつもの電柱の下でバイバイした。

「じゃあ、また明日な。明日は目一杯遊ぼな
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その日の晩。俺は意外な人物から、あの神社について聞くことになる。

父ちゃんの帰りが早かったから夕御飯を家族みんなで食べて、その日は母ちゃんも酒を飲んでほろ酔いになっていた。

父ちゃんは早々に寝てしまい、弟もみんな布団に入った頃だ。

茶の間には母ちゃんと俺の2人だ。

母ちゃんは自家製の梅酒を飲みながら、俺と一緒にテレビを視ていた。

「なぁ、肩たたきしてよ」

「なんでじゃ。俺、もうそんな子供と違うじゃろ」

「ええじゃろが。母ちゃんも疲れとるんよ。お願いします~」

「しゃあないな。すっかり酔っ払いやんけ。今日だけじゃ」

普段は頼まれても絶対にしないが、その日はソンチョと遊んで気分が良かったから、トントンと母ちゃんの肩を叩いてやった。

本当に何気なく、肩を叩きながら母ちゃんに尋ねた。
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「なぁなぁ、あの山に神社ってあんのか?」

これで母ちゃんに聞くのは二度目だった。一度は知らないと言われたから、別に期待もしていなかった。

「山ん中にか? そりゃ、ないじゃろ。聞いたことないって。ホントに神社なんてあんのんか」

「やっぱり、そうだよなぁ。友達がある言うてたから」

「そんなら、今度お参り行かんとなぁ。…あの山の怖い話、しちゃろか。『おまつり』って話じゃ。知らんじゃろ」

俺は思わずビクッとして、肩を叩く手を止めてしまった。

おまつりって。あの、おまつりか?

「ちょっと、ちゃんと肩たたきぃよ」

「あぁ、ゴメン。どんな話じゃ、おまつりって。縁日か何かか」

「縁日のどこが怖いんじゃ。母ちゃんがな、母ちゃんのひいじいちゃんに聞いた話じゃ。 だから、お前にとってはひいひいじいちゃんじゃ」

平静を装って肩を叩いていたが、心臓はバクバク鳴っていた。

神社は知らんのに、あの神社にあった『おまつり』は知っているのか?

「どんな話じゃ」

「これな、ホントに怖いから。お前は臆病だし、まだまだチビッコ思ってたから話したことなかったけど、来年はお前ももう中学生じゃ。怖がらずに最後まで聞いてみ。あ、肩、もういいよ」

そう言われて、俺はちゃぶ台を挟んで母ちゃんの対面に座り直した。 自分がその時どんな顔してるか分からなかった。

いつもの母ちゃんなら俺が怖がっているのに気付いただろうが、その時は都合良く酔っぱらっていたから、話を聞くことができた。

「最初に言うとくけど、この話はかなり怖いぞ。○○(←俺の弟)にしたら大泣き確実じゃ。だから、お前も面白がってこの話はすんなよ」

ここからが母ちゃんの話の本題。

話し言葉だと伝わりにくいと思うから、改めて文章で書き直す。
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昔、この村には『まつり』と呼ばれる村の長がいた。

正確にはその村の長が『まつり』と呼ばれるのではなく、村の長の一族全体を指して『まつりの一族』だったらしい。

まつりはその土地の治安自治の他に、もう一つ役割を持っていた。
それは、今で言えば葬儀人。

村で亡者が出た時に、成仏できるように式典を行っていた。

『まつり』と呼ばれる所以はそれだった。 『末に至り』を『末り』と言い、葬式、つまり祭典を行うことの『祭り』であり、神仏を祀る『祀り』であった。

ある時、まつりの長男が急に亡くなってしてしまった。原因は判らない。
いずれは次代の長になるであろう、たくましく人望厚い青年だった。

その時の村の長を務めていた父親は、どうしても長男が亡くなったのを認めることができなかった。 父親は長男を溺愛していたのだ。

しかし、まつりの一族である以上、長男の葬儀は自分達で行わなければならない。
亡くなって次第に蒼くなっていく長男の化粧をしながら、父親は悲しみに支配された。
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そうして父親が取った行動は信じられないものだった。
我が子であるその長男を食ったのだ。 煮たのか、焼いたのか、それとも生で食ったのかは分からないが、長男の全身をついばんだのだ。

そして父親は、それを隠すこともなかった。 一族を集め、みなの前でこう言ったのだ。

「人肉の、なんと美味たることか。腕も美味い。足も美味い。腹も胸も、顔も美味い。 しかし、心臓の美味たることにはかなわない。
この心臓より美味いものは無い。 私は息子の命を喰った。しかし、亡くなった長男の生命は、今も私の中で脈打っているのが分かる。
お前たちも食え。長男の魂が、自分の体に宿るのがはっきり分かるだろう」

まつりの他の者は驚いたが、長男が亡くなった事の悲しみ暮れる者は父親だけではなかった。 最初に母親が、次に長男の妻が、姉が、次男が、子供が、亡くなった長男の肉を食った。 そして、食った者はこう言うのだ
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「人肉の、なんと美味たることか。腕も美味い。足も美味い。腹も胸も、顔も美味い。 しかし、心臓の美味たることにはかなわない。この心臓より美味いものは無い」

それからまつりの一族は、家族で亡者が出ると、その亡骸を喰らうようになった。 しかし、人肉食いたさに人をあやめることは決してなかった。

亡者を食らう以外は正気だったし、寧ろ村人に亡者が出ると自分達が食べるのではなく、その家族にを食べるように勧めた。

最初は気味悪がっていた村人も、亡者を食べたまつりの一族が若々しく、活力に溢れ、たくましくなったのを目にすると、 勧められた通りに亡くなった家族を食べるようになった。

するとどうだ。

これまで病気がちだった者も体が丈夫になり、若い男は巨躯の体に、若い女は美しく、年老いた老人も若々しくなった。

まつりの一族だけでなく、村人皆がこう考えるようになった。

亡者の生命をもらうのだ。
それには、心臓を喰らうのが一番良い。心臓にかなう肉はない。

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しかし、この風習は長くは続かなかった。
どこから来たのか、ある一家族、いや一族が村に移住して来た。

この一族が、亡者を喰らう村の風習を見てこう言い放ったのだ。

「亡者をもう一度あやめるとはなんと罰辺りな。一度命を落とし、いま天に昇ろうとする者の命を喰らうとは。 それ以上の罪は無い。鬼の所業だ」

狂気の沙汰を失えば、これこそ正論だった。

亡者の胸を切り裂き心臓を取り出していた村人は、次第に罪悪感にさいなまれ、亡者を食うのを止めたが、 つりの一族だけは止めることはなかった。

これまで多くの亡者を見送っていたからだろう。そんな言葉は意味の無いことだと、そう考えたのだ。 それからどれくらい経った頃だろうか。

村人の信頼を得た移民の一族は、まつりの一族に代わってこの土地の長となった。

亡者を喰らうのをやめなかったまつりの一族は、いつの間にかこの土地から消えていた。
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と、そこで母ちゃんはひと息ついた。

「なぁ? 怖いじゃろ?」

「なんじゃ、家族を食ってしまうて。ウソじゃろ」

「おうおう、怖がっとるのぅ。どうするかい。最後まで聞くか?」
「最後までって…話は終わりと違うの」

「まだじゃ。こっからがホントに恐ろしいんじゃ」

そして、母ちゃんは話を続けた。
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まつりの一族に代わって土地を治めた移民の一族こそ、鬼の一族だった。
鬼の一族は言葉巧みに村人を扇動し、村で逆らう者はいなくなった。

そして、鬼の一族は黒い箱を持ってこう言うのだ。

「この村には、忌まわしきまつりの一族の血が残っている。 この箱はまつりの血を嗅ぎ分ける、まじないの箱だ。 箱の中には、それぞれの氏(うじ)を書いた神木が入っている。 この箱で、まつりの血が混ざる氏を見つけよう。その氏の人間から、一番まつりの血の色濃い者を消すのだ」

鬼の一族はその箱から一枚木の板を取り出すと、その板に書かれた姓を持つ村人全員を山へ連れて行った。 連れて行かれた村人はその日の内に山から帰って来るが、その人数は一人少なくなっていた。

山に連れて行かれた村人の話では、山の中には鬼の一族が立てた屋敷があるらしい。 そこで別の黒い箱から、木の板を一人ずつ引かされる。

箱と同じ黒い板を引いた者こそ、まつりの血の色濃い者とされ、その者を残してみんな帰ってきたのだ、と。 村人も馬鹿ではない。

そのうち気付いたのだ。

鬼の一族は亡者を喰らうのではない。生きたまま喰らうのだ。消えたまつりの一族は、皆喰われてしまったのだ、と。

黒い箱は『おまつり』という畏怖の行事として恐れられた。 村に災害が起こるたび、鬼の一族はまつりの血のせいだとして、黒い箱を持ち出した。

台風が村を襲うと、「またおまつりが開かれる」と村人たちは嘆いた。
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ふぃぃ、と息を吐くと、母ちゃんは空になったコップに梅酒を注いだ。

「おしまい」

「おしまいて!なんも終わってないじゃろ!」

「怖いんか」

「怖いとかじゃなくて、話は途中じゃ。まだ終わってない。こんなん気持ち悪くて寝れるか」

「それがいいんじゃ。怖くてあの山に登ろなんて、思わんじゃろ。 この話はなぁ、大人が子供に山登らせんために作ったホラ話じゃい。
昔は山ん中は危なかったからなぁ。コンクリ道路なんて無かったから。 母ちゃんも、ひいじいちゃんから言われたなぁ。あの山には鬼の屋敷があるから、登ったら食われるぞ~って」

案の定、その日は一睡もできなかった。 布団に横になって色々なことを考えた。

きっと母ちゃんの話は、全部が全部本当ではない。
山にあるのは屋敷じゃなくて小さな神社だ。

ソンチョと俺に起こったことと、色々なところで相違点がある。
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翌朝、居ても立ってもいられなくて、俺はソンチョの家に走った。

「お前から俺んち来るのはめずらしなぁ」

「ソンチョ、あの神社のことわかった。おまつりのことも、全部じゃないけど、わかった」 母ちゃんから聞いた話をソンチョに聞かせた。 寝ていなかったし、元々話し方も上手くない俺の話を、ソンチョは遮ることなく最後まで聞いてくれた。

「それ、ホンマの話か」

「わからん。母ちゃんは、ひいじいちゃんのホラ話て言うてたけど。でもホラ話じゃない。でも、なんか」 「そうじゃ。なんかちがうな」

そう。自分達が体験したことと、母ちゃんから聞いた話とでは、微妙に噛み合わないのだ。 箱は二つじゃなくて一つしか無かったし。

名字の箱の中におまつりの板が入っていた。 ソンチョが俺の手を食おうとしたのも解らない。おまつりの札を引いた者は食われる側ではないのか。

「あの神社、なんで左右に小屋があったんじゃろ」

「わからん。その話だけじゃ、わからんことが多すぎる。 今日、ジジイが帰ってきたら聞いてみる。今度は神社じゃなくて、おまつりの話を」

「うん。俺の母ちゃんが知ってるぐらいだから、村長はもっと詳しく知っとるかもしれん。 あとな…ソンチョ、入院してて忘れたかもしれんが、俺達、黒い箱出しっぱなしで帰って来たろ」

「ああ!そうじゃ!あの箱出しっぱなしじゃ!」

「あれ、大丈夫かなぁ」

「アカンじゃろ…怖いけど、それはアカンじゃろ。しまわないと、たたられる」

「もっかい行くんか!? 俺は嫌じゃ。あそこは怖い。ソンチョは行くつもりか」 「俺かて行きたくないよ。でも行かな、鬼さんに食われてしまうかもしれん」

そんなことないとは言えなかった。

これまで起こったことと母ちゃんの話を合わせれば、もしかしたらまだソンチョは危ないのかもしれない。

「ソンチョが行くなら、俺も行く」

「当たり前じゃ。俺一人で行かすつもりだったんか」
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即日決行。

その足で山の神社へと向かった。 胸にまだ糸が縫われているソンチョと、ソンチョに噛まれた右手の瘡蓋が剥がれない俺と。

「ソンチョ、新しい靴買ってもらたんか。かっこいいなぁ」

「ああ。母ちゃんが買ってきたんじゃ。でも、俺は前の靴のほうがええ。これ大きさ合ってないんじゃ」

「今日ははだしじゃないから、痛くないな」

「アレはあぶない。こないだの、けっこう足の裏も切れてたぞ」

「俺もじゃ」 獣道を抜け、例の石段の前までやって来た。

「ソンチョ、やっぱり怖いよ」

「俺かて怖いって。でも、よく思い出してみぃ。こないだはオバケも神様も、鬼さんも出てこなかったじゃろ。 だから、そんなに怖がることはないのかもしれん」

ソンチョは俺に言っているようで、一方でソンチョ自身に言い聞かせるようだった。 石段を上ると、前回と同じようにツルで覆われた鳥居が見えた。

「間違いない、あの神社じゃ。消えたりしてないなぁ」

「お前は方向音痴だから、俺と一緒じゃないと来れんぞ。はぐれたら、消えるからな」

「怖いから、一人では来んよ」

左右に小屋が、正面に本殿が。 しかし、神社の敷地に広げたはずの木の板は、一枚残らず無くなっていた。もちろん、黒い箱も。

「無いぞ、ソンチョ!誰か持って行ったんか?」

「そんなことあるか。あんなもん欲しいやつおらんて。でも、キレイさっぱり無くなっとるぞ」
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「もしかして、鬼さんか」

「お前、怖がりのくせに何でそんなこと言うんじゃ。怖くなるじゃろが」

「怖いから言うんじゃ。鬼さんが持っていったのかもしれん」

小屋の裏も、本殿の裏も探したが、一枚も見つけることができなかった。

「ソンチョ、どうする」

「まだ探してない場所があるじゃろ」

「それはイヤじゃ!また入るんか!あの部屋は真っ暗じゃ」

だ本殿の中は探してなかった。もしかしたら。誰かが本殿の中に箱を戻しているとしたら。

「確かめんと」 「懐中電灯は?」

「そんなもんない」 「うう、ソンチョ、この前みたいにいきなり走ったら許さんぞ」

「アホか、俺かて怖くてそんなことはもうできん」

そして、暗い暗い本殿の中を進んで行った。
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「やっぱりじゃ!箱がある!これ間違いないぞ、あの箱じゃ」

「ソンチョ、怖いぞ!これは怖いぞ!なんで、誰が元に戻したんじゃ!」

「わからん。逃げろ!」

ソンチョと俺は全速力で本殿を飛び出し、そのまま神社を抜け出て、獣道に戻ったところでようやく一息ついた。

「怖かった~。なんじゃ。ソンチョ泣いとるのか」

「ホンマじゃ。泣いとる。なんじゃ、お前も泣いてるんか」

「あれ、俺も泣いてる」 俺たちは完全に歩みを止めた。

こいつは、この感じは、ソンチョじゃない。俺も、俺じゃない。

「ソンチョ!」

「ばかたれ!怖くて涙が出ただけじゃろ!早く、山を降りるぞ」 コンクリ道路に帰って来ると、ソンチョと俺は山を見上げた。

「俺、やっぱり、ジジイにおまつりのこと聞くのやめる」

「うん。知らんほうがいいのかもしれん」

結局、俺の母ちゃんから聞いた『おまつり』の昔話。

あれは全部が本当じゃないけど、全部が嘘という訳でもない。

俺達はそう結論づけた。 怖くて、これ以上調べる気にはなれなかった。

「なぁ、ソンチョ」
「なんじゃ」

「あさって、となり町のお祭り、一緒に行こか」

「おう。かたぬきの針、お前の分も用意しちゃるよ」

「去年見つかって怒られたじゃろ。針は出店の使わないとアカンよ」

「お前は、またか。ほれ、あれじゃ。そんなんだと…」

「なに?」
「忘れた。大人の言葉じゃ」

「なんじゃそりゃ」
「お祭り、楽しみじゃな」


「うん。晴れるといいなぁ」

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