bandicam 2018-08-16 17-33-33-238


ツタンカーメンの呪い

今でも世界のミステリーとされている王家の呪いというものがあります。古代エジプトでは呪いというものも非常に恐れられていました。

王家の呪いでも代表的なものにツタンカーメンがあります。ファラオとなった彼はどのような呪いを残したのでしょう。

そして、その真実とはなにか。

おすすめ記事


世紀の大発見

世紀の大発見と言われた「ファラオの墓の入り口発見」をハワード・カーター調査団が1922年11月4日に成し遂げています。

bandicam 2017-10-03 15-12-37-335


皆が歓喜の声をあげる中、ファラオの呪いはその日から始まっていました。

その犠牲になったのはハワード・カーターの買っていたカナリアである。そのカナリアがコブラの餌食となってしまった。そして、呪いの封印はこの文章で開放されたのです。

「偉大なるファラオの墓にふれた者に死はその素早き翼をもって飛びかかるであろう」

墓の入り口に書かれたこの文章はハワード・カーター調査団に次々と不幸をもたらす事となってしまいます。

bandicam 2017-10-03 15-14-28-482

ファラオの呪い

まずは調査のスポンサーであったカーナヴォン卿が1923年の4月に急死しています。

bandicam 2017-10-03 15-13-24-343


また、墓の発掘に携わった者・ミイラを検査した者が次々と亡くなったとされています。

最終的にこの墓に関わった人間23名のうち、22名が1930年までになんらかの形でこの世を去り「ファラオの呪い」と恐れられたのです。

呪いの存在

しかし、この話には続きがあります。

実際に1930年までに亡くなった人物はカーナヴォン卿1人である事が確認されたのです。

しかもハワード・カーターは1939年に亡くなっている事からもわかるように呪いとされていた事は全てがデタラメだった事が明らかになっているのです。

誰がどのような目的の為にファラオの呪いを広めたのかはいまだに謎であるが、発掘や墓の開封、ミイラの調査に関わる人への呪いはなかったのです。

今のような情報をすぐに調べられる時代と違い、誰かの話が次から次へと大袈裟に伝わり「呪い」と恐れられた事も蓋を開けてみれば噂でしかなかった事がわかります

そして呪いの碑文についても後から付け足されたウソという事も今ではわかっています。

bandicam 2017-10-03 15-15-15-723

嘘の一人歩きが世界的ミステリーとなってしまった珍しい例であり、実際はファラオの呪いなど存在しなかったのです。


ネットの反応

comment
噂ってそんなもんだよ

comment
呪いなんてないのさ!

comment
本当の呪いならツタンカーメンを見た人はみんな何かしらの不幸があるだろう

comment
墓荒らしが多かったから脅し文句書いただけ

comment
しかしよく見つけたとは思う

comment
まさに世紀の発見となったツタンカーメンだけど彼の生涯も可哀想でしかないんだよね


今日の注目記事

おすすめ記事

bandicam 

2019-11-28 16-29-55-238