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200/23:28:19.78 ID:MBkufoH5 - 俺が高3だった頃に起きた夏の一週間のこと、良かったら聞いてくれ。
ちょうど先週、高校のクラス会があってさ、色々思い出したんだ。
付き合ってくれたら嬉しい。
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都内にある高校を離れて、山奥にある民宿に籠ってクラスみんなで勉強するんだ。
期間は一週間なんだけど、
一日10時間は絶対勉強しなくちゃいけないから、確かにしんどい。
だけど、それ以上に楽しみな行事でもあった。
クラスのみんなと一週間もお泊りできる行事だからね。
第二の修学旅行みたいな感じで、否応無しにテンションが上がるんだ。
みんな大きなカバンにキャリーバッグを引いて来たり、それは大層な荷物になるんだ。
沢山の期待や不安を大きなバスに突っ込んで、都会にある高校から山奥を目指す。
毎年のことだったから、3年目にもなると、みんな淡々とこなしていたよなw
それでも、やっぱりワクワクしちゃう気持ちがあってさ、
民宿に向かう朝のバスは変な昂揚感があったっけ。
ちなみに俺のクラスは35人くらい。
文系の進学クラスとされていて、男女比は、男子1:女子1って感じだったかな?
3時間もバスに乗っていれば、目的地である民宿近辺まで来る。
途中で長いトンネルを越えるんだけど、そこで景色が一変して、
もう視界には青々とした森や畑しかなくなる。
そこで俺たちはやっと「今年も勉強合宿が始まるんだ」って実感が湧くんだ。
乗務員は一人しかいないから、各自が放り出された荷物の中から自分のものを見つける。
これも毎年のことなんだが、ここで必ずトラブルが起こるんだ……
吉谷「先生ー! 俺のベースがねえんすけど!」
先生「はー? お前勉強合宿になんでベース持ってきたんだ!」
このように、誰かが必ず自分の荷物を見失うww
吉谷っていうのは軽音部のやつで、学校にいる時も四六時中ベースを担いでるようなやつだ。
吉谷「あーい……」
怒られて当然なのに、何故だか不服そうに返事をする。
俺「お前、なんでベースなんか持ってきたんだよ」
吉谷「だっていつも触ってないと勘が鈍るだろ」
俺「つっても俺たち受験生だぞ……」
吉谷「バカ、一週間だぞ。めっちゃなげえじゃねーか」
俺「一週間なんて、本当にあっという間だぞ」
本当にあっという間の一週間だろうなと思っていた。
受験生にとっての一週間なんてあっという間で、それでいてとても大切な時間だ。
だから、この合宿でもひたすらに勉強だけしようと思っていた。
「ありましたよ! これのことですよね?」
しばらくすると、乗務員のおっさんの呼ぶ声がして、
吉谷のベースは見つかり、事なきを得た。
担任の一声でクラス全員が宿の前に集まる。
そこには、これからお世話になる民宿の老夫婦が立っていた。
委員長の号令に従い、みんなで挨拶する。
この挨拶のためもあってか、初日はクラス全員が制服を着用していた。
それが済むと、一斉に部屋に向かうわけだが、ここでおかしな事に気付く。
俺「あれ、武智がいなくね?」
吉谷「あ、ほんとだ」
武智とはクラス1の落ち着きのない気分屋なんだが、
やっぱりこの挨拶の時にも姿をくらましていた。
俺「お前さ、挨拶ぐらいしろよ……」
武智「えーなんかめんどくさくってさぁ」
元ラグビー部の体育会系のくせに、こういう儀礼を面倒臭がるんだ。
武智は部屋の真ん中で寝そべってくつろいでいたが、
吉谷はそんな武智を気にも留めず、荷物の整理を始めていた。
武智「でも、部屋結構広くてよくねー?」
俺「確かに去年当たった部屋より広いな」
広々とした2階の和室で、
窓からはさっき降り立った駐車場(ただの広場)が見渡せた。
酉つけた方がいいんじゃね?
ありがとう、そうする
元気は結構な漫画オタクで、今回も相当な漫画本をカバンに詰め込んできたようだ。
ただ、外見には気を使っているようで、オシャレな黒縁眼鏡をかけている。
俺「お前、今年も漫画なんかもってきたのか」
元気「いやいや、今年はそれにプラスして……」
元気はにやけながら、カバンからゲームキューブを取り出した。
武智「うわ! いいぞ元気ww」
俺「なつかしいww」
突然のゲーム機登場に、俺たちは一気にテンションが上がってしまう。
しばらく窓から外を見てぼーっとしていると、吉谷に注意された。
俺「あ、そうだな。武智も急げよ」
武智「あーーい……」
そんなこんなで俺たちも準備を始めていると、遅れて元気が入ってきた。
吉谷「お前、おっそいなぁ……何してたん?」
元気「いやぁ、荷物が重くてさ」
テンションの上がった武智が元気にプロレス技のようなものをかけ始める。
元気「ちょwwやめろってwww」
俺もそれに乗じて「うぉーーいwww」とか言いながら変なノリを始めるw
合宿初日でテンションが上がりすぎていたんだ。
(ちなみに、このテンションは3日ともたない……)
部屋でもみくちゃになる俺たちを、半笑いで見つめながら、
「俺、先行ってるからなw」
と言い残して、吉谷は先に部屋から出ていった。
武智「しかしさぁ、吉谷もあれだよなぁ」
俺「何が?」
武智「いや、真面目で頭いいけど、アイツもベースなんか持ってきちゃってw」
俺「あー、そうだね。なんだかんだ、そういうとこあるよねw」
武智「むかつく時もあるけど、俺は好きだわw アイツのそういうところ」
俺も部屋の片隅に置かれた吉谷のベースを見つめて
「そうだな」って軽くつぶやいた。
意味もなく暴れたりはしゃいだり、あの頃は何がそんなに楽しかったんだろうな…
俺たちが「勉強小屋」と呼んでいる、宿の離れである。
そのため、勉強会に向かうには一旦外に出ないといけない。
武智「あっついなーー」
俺「確かに……」
いくら山奥とは言え、8月ど真ん中の直射日光はしんどかった。
遠くから蝉がミンミンと鳴く声が聞こえて、間違いなく「夏本番」という感じだった。
俺「元気、なんでそんなに荷物多いの?」
元気は汗だくになって、明らかに異常な量の本を抱えていた。
武智「いや、それ半分以上漫画とかじゃねーの?ww」
武智がそう言うと、元気は強張った顔で「シッ!」と言った。
それを見て俺と武智は大笑いしてしまう。
「ここに何しに来てんだよーww」
俺たちは堪えきれずに大笑いしてしまった。
どうしてなのか、やることなすこと全てに、「楽しさ」が滲んでいた。
そんなこんなで、「勉強小屋」に辿り着いた俺たちは、勉強合宿をスタートさせる。
クーラーもついてない35人がぎりぎり収まるプレハブ小屋で、
扇風機の風だけを頼りに、一週間勉強に没頭するんだ。
そんな風に考えていたけど、
これがまったく勉強どころじゃなくなっていくんだよな。
初日はまだまだ体力が残っているので、みんな元気である。
俺「かぁー!! この調子でいけば一週間で数チャート一冊終わるわww」
元気「それ、毎年言ってない?w」
俺の隣に座った元気が煎餅を食べながら突っ込んでくる。
俺「いや、今年は本気だよ? だって受験生だからねw」
先生「お菓子なくなったなー誰か近くまで買い出しいってくれないかー?」
これを聞いていた武智が勢いよく、
「あ、俺行きますよ!」と高々と手を挙げた
(アイツサボりたいだけだろ……)
なんて心の中で思っていたら、俺と元気の席に近づいてきた。
元気「俺は絶対に行かねえよ」
元気は煎餅を食いながら即答した。
武智「お前が沢山食うからお菓子なくなったんだからなwww」
と冗談交じりに文句を言ったが、その矛先はすぐに俺に向いた。
武智「なあ、1は行くだろ? 買い出し。一人じゃつまらんからさ~」
俺「えー、ちょうど集中してたところなのに」
俺「だー、分かったよ」
武智の押しに負けて、諦めて了承してしまう俺。
武智「せんせー! お菓子だけでいいんすかー!?」
先生「あー、みんなで分けられそうなものを頼む」
プレハブ小屋のたてつけの悪いガラス戸を開けながら、
武智はこちらを向いてニヤニヤしだした。
武智「ひひひ、早速抜け出せたな」
「ああ、今年もまた、あの濃い一週間が始まるんだなぁ……」
って心のどこかで思ってしまって、ワクワクが止まらなかった。
二人でプレハブ小屋を出て、西日の突き刺す駐車場の脇に止まった自転車を見つける。
武智「おー、まだあるじゃんこれ」
俺「ほんとだ、去年もこれに乗って遊んだなぁ」
俺「あー、あれは焦ったよなwww」
なんて言いながら、二人して古びた2台の自転車にまたがる。
夕方近くになったとはいえ、8月の日光は容赦なく俺らを照りつけるから、
すぐに汗だくになってしまった。
至る所から蝉の声がこだまして、なんだか朦朧としてくる。
しばらく山道を下っていると、少しひらけた県道に出た。
武智「なあ、どうする? セブンに行くか? それとも」
俺「うーん、ちょっと遠いんだよなぁ確か」
いいね~
帰り道は上りでとてもしんどい。
一方、脇道に入れば地元の駄菓子屋のようなものがあり、すぐに事足りるのだ。
俺「とりあえず今日は駄菓子屋でいいんじゃね?」
武智「うっし、そうしよか」
そう言って武智は立ち乗りをして勢いよく県道を横断していく。
武智「あったあったww 良かったなまだあって」
俺「毎年ハラハラするよな~ww」
古びた駄菓子屋だが、お菓子やアイスなどひと通り揃っていて、
贅沢を言わなければ十分買い物できる場所なんだ。
よせと言ったのに、武智はひたすらアイスを買い始めた。
俺「お前が急いで持って帰れよなww溶けても知らねえぞ!」
武智「任せろって! 超特急で持って帰るからww」
なんてやり取りをしてしまった。
なんて言われながらそそくさと店を出て、自転車にまたがる。
俺「お前本当ににそんなに買って……ちゃんと持って帰れよ」
武智「わーかってるよ」
武智「そんなことよりさ、あれ、楽しみだよな」
俺「ん? あれって何のこと?」
武智「ばっかお前! 縁日だよ縁日!」
俺「あー、夏祭りのことか」
最終日の前日にふもとの町で夏祭りが予定されていた。
そして、担任からも「その日まで勉強を頑張れば、夏祭りに遊びに行っていい」
という許可が降りていたのだ。
そのためクラスは一気に盛り上がり、女子には浴衣を持参した子もいるらしい。
最後の最後にそういう楽しみがあると、やはり心が躍るというものだ。
それに後々、この夏祭りが俺たちにとって凄く大切なものになる。
しえんしえん
俺「はあ? 何言ってんだよ」
渚というのは同じクラスの女子で、
俺が1年以上好きなのに、何も出来ずにいた子の事だ。
武智「だってチャンスじゃねえか! こんな機会滅多にないだろ」
俺「まあ、そうかもしれんけどさ……」
俺たちは自転車をこぎながら淡々と話し続ける。
武智「いや、そんなん分かんねーじゃん。だってまだ決まったわけじゃないし」
そう言うと武智は、憎たらしい笑みを浮かべた。
俺「そうやって俺に発破かけないでくれよ……」
俺も武智も、渚には他に好きな人がいると、知っていたんだ。
武智も喋るのをやめて、しばらく無言で走る時間が続いた。
夏の午後の、傾きかけた太陽が道を照らしている。
武智「あ、そういや飲み物買ってくるの忘れてたな」
俺「そんなん頼まれてなかったじゃん?」
武智「あーいや、なんか女子たちが飲み物が無くなったって言ってたんだよ」
俺「ふーん……」
武智「買ってったら、お前渚とも話せるかもよ」
武智が思いついたように、俺に向かって言った。
武智「考えてないで買ってけばいいんだよ、その辺で」
俺「その辺って言っても、もう店なんかないぞ」
武智「自販機か何か探せばいいだろ」
武智「俺はアイスがあるから先行くからさ! じゃあな!」
そう言うと、武智は俺を置いて一人で突っ走っていってしまった。
「無責任なやつめ……」
と思ったけど、とりあえずどこかに自販機がないか、
道草を食って探してみる事にしたんだ。
神社だよな? と思って自転車を止めて立ち止まると、何やら音が聞こえた。
「キィィィン」という気持ちの良い金属音と、少年たちの歓声のような声。
この奥で野球でもしてるんだろうか?
少し気になって、その場に自転車を止めて鳥居をくぐってみる。
両脇に木々が生い茂る階段を登ると、そこには大きな広場があって、
近所の小学生だろうか、10人ほどがわあわあ言いながら野球をしていた。
それを遠くから眺めて、「宿に戻ったら俺もあいつらと野球しようかな」
なんて考えてニヤついてしまった。
やろうと思えばクラスのみんなと何だってできる。
そんな時だったんだよな。
すぐに我に返って、自販機は置いてないかと探してみる。
広場の方にはないようなので、俺は奥にある境内の方へと向かった。
何故か妙に煙草臭い。
まずいなぁ、地元のヤンキーのたまり場にでも来ちゃったかな、と少し不安を覚える。
しかしそこにいたのは、俺の想像とは違うものだった。
髪を明るい茶髪に染め上げた女の子が、拝殿の階段に腰掛けている。
白のカットソーにショート肌着というラフな格好で、
歳は俺と同じくらいか年下か……
そして、煙草をくわながら俺のことを睨んでいた。
時間が止まったように、周りの木が風に揺れてカサカサ…と鳴る音が聞こえた。
茶髪の子「何?」
俺「いや、別に」
女の子はフゥ、と煙を吐くと俺の方を見て続けた。
茶髪の子「見たことないんだけど。この辺の学校の人じゃないっしょ?」
俺「ああ、まあそうだね。東京の高校から来たから……」
茶髪の子「え、東京! じゃあもしかしてめっちゃ頭良いとか?」
やられた…
俺「いや、そんなことないけど……」
女の子が、思いのほか可愛い笑顔を見せたので、少しドキッとした。
茶髪の子「東京の人がこんなとこに何しに来たの?」
俺「えっと、受験勉強の合宿というか……そんな感じ」
茶髪の子「勉強の合宿? なにそれ。意味わかんないね」
俺「うん、俺も意味分かんないんだよww」
雰囲気が壊れないように、俺は話を合わせてみた。
俺「マジ意味分かんないよww」
笑いが起きて、少しだけ打ち解けてきている気がした。
俺「そっちこそ、こんな所で何してるの?」
茶髪の子「うーん、別に何って……」
俺「一人でここに来たの?」
茶髪の子「そうだけど」
答えると、女の子はまた遠くを見つめて煙草を吸い始めた。
何を話そうにも、何も浮かんで来なかった。
茶髪の子「そういえば聞いてなかったけど」
俺「なに?」
茶髪の子「何年生なの?」
俺「俺は高3だけど」
茶髪の子「ふーん、高校3年か……」
茶髪の子「じゃ、受験生だ。あたしと一緒だね」
そう言って女の子はフウ、と煙を吐く。
そう言うと、女の子は笑ってかぶりを振った。
茶髪の子「違うよ。あたしは中3だから」
その言葉を聞いて、心底驚く。
俺「え、マジ!? じゃあ俺の3つも下じゃん」
女の子はいたずらそうに笑って煙草をくわえる。
茶髪の子「はは、そうなるね。ごめんねガキで」
俺はその子に惹かれるような、でもそうじゃないような、不思議な感覚だった。
俺「いや、別に歳とか関係ないでしょ」
茶髪の子「え、良いこと言うじゃん。やっぱ頭の良い人は違うねー」
そう言ってまた笑うから、俺も一緒に笑ってしまった。
今までの人生で、話したことのないタイプの女の子だった。
俺「それは、ギター?」
茶髪の子「そうだけど」
その答えに少しだけ気分が高まった俺は、
「何か弾かないの?」と水を向けてみた。
女の子は「うーん」とひとしきり悩んだ後、
「恥ずかしいからな」と言って開きかけたギターケースを閉じてしまった。
「何か聴かせてよ。お願い!」と頼み込むものの、
女の子は「でもなぁ」と困惑の表情を浮かべるだけだった。
気が変わったのか、「一曲だけなら……」と了承してくれた。
茶髪の子「ほんと下手だから、そこは期待しないで」
と俺に念を押し、ケースからギターを取り出した。
ケースから鮮やかな青色のギターが出てきた。
楽器に疎い俺にはそれが安いのか高いのかも分からなかったが、
ボディに「THE BLUE HEARTS」というステッカーが貼ってあるのは分かった。
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!!
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!!
俺「終わらない歌?」
アンプにも繋がっていない渇いた音だったけど、「THE BLUE HEARTS」のステッカーも相まってか、
俺はすぐにピンときた。
茶髪の子「すごいすごい! よく分かったね!」
女の子は演奏を中断し、瞳を輝かせて俺を見た。
茶髪の子「うっそー! マジで!」
嬉しくて仕方ないとばかりに、女の子は体を上下に揺らした。
俺「いや、意外だったわw まさかブルーハーツを弾くなんて」
俺「俺も大好き。最高にカッコイイよな」
そう言うと、女の子は「うんうん」と何度も頷き、
「マジでカッコいいよね! こんなバンド他にいないよ」と上機嫌に言った。
俺「ふふふ」
茶髪の子「どうしたの?」
俺「いや、なんでもない」
ブルーハーツの話題になってから、女の子の表情が瞬く間にカラフルになった気がして、
俺は思わず笑ってしまった。
懐かしいなぁ~名曲多いよな
どんな気持ちでレスしてるかが気になるな
続きはまた明日の夜書きにきますね。
よろしくお願いします!
ワクテカして待ってるよ~
いいね~
今後の展開が気になるが、ゆっくりやってくれ
楽しみにしてるよ
https://youtu.be/cvFNEGD2-fY
期待して待ってる
続きを書いていこうと思います
茶髪の子「だから超嬉しい!」
興奮を抑えきれないようで、身振り手振りで自分の感情を表す女の子。
俺はやっぱりそれがどうも微笑ましくて、くすっと笑ってしまう。
俺「まあ、中3の女の子で聴いてるのは珍しいかもねぇ。友達が知らなくても無理ないよ」
茶髪の子「まあ、友達なんて……」
俺「ん、なんて?」
女の子がぼそっと囁いたが、よく分からなかった。
茶髪の子「ううん、別になんでもない」
そうリクエストすると、女の子は「いいよ」と笑って快諾してくれた。
ジャジャ!ジャジャ!ジャージャージャーン!というあのイントロから始まり、
女の子は体を揺らしながら夢中で演奏を始めた。
女の子の演奏は、お世辞にも上手いわけではなかった。
けど、すごく気持ちが込もっているというか、その演奏には妙に鬼気迫るものがあった。
顔を上げて俺の方を見据えた。
茶髪の子「ねえ、歌ってみる?」
俺「え? どういうこと?」
俺の質問に対し、女の子はにやりと笑みを浮かべ、
「やっぱりボーカルが必要だと思うの。ヒロトだってギター持たないで歌ってるし」
その主張に、「なんだその理論は」と思ったが、俺もまんざらではなかった。
そもそも俺の方からギターを弾くことを頼んだんだし、断りづらい。
女の子の期待の眼差しが俺に向けられる。
過去に一度ギターに挑戦したが上手く行かず挫折した俺は、歌うことなら好きだった。
それに、ブルーハーツならカラオケの自信曲である。
俺「いいよ、歌う」
俺「ヒロトほどにはいかないと思うけどね」
そう言うと女の子は、「当たり前じゃん」と吹き出して笑い、
「じゃあ、いくよ?」と首を振って拍子をとった。
歌うとなると緊張して、その音色はか細く、遠いものに感じられた。
でも、染み付いたものは裏切らなかった。
「終わらない歌を歌おう! クソッタレの世界のため!」
ばちーんと出だしが噛み合って、俺も女の子も驚いて顔を見合わせた。
途中で何度かテンポが合わず手こずる部分もあったが、
止まることなく2回目のサビまで歌いきったところで、女の子は演奏を止めた。
支援
茶髪の子「すごい! 上手いじゃん!!」
俺を捉えた彼女の瞳には、無数の光芒が宿り、輝いていた。
そんな純粋な賞賛をもらって、思わず照れてしまう。
俺「よく歌うってだけ。慣れてるんだよw」
茶髪の子「そうは言っても!」
女の子は、俺の話を遮って一生懸命に主張した。
茶髪の子「あたしの下手な演奏でここまで歌えるなんて、すごいよ!」
茶髪の子「あたしの演奏で誰かに歌ってもらったの初めてだから」
茶髪の子「すっげー嬉しかった」
女の子はそう呟くと、「ひっひひ」と笑った。
その笑顔は可愛かったが、とてもあどけなくて、今にも壊れそうな危うさも感じた。
彼女と会ってから初めて「やっぱり中3の女の子なんだ」と実感した。
それに立ち上がった女の子は俺よりも一回り小さく、
ゴツいギターが妙にアンバランスに見えた。
俺は「ありがとう」と丁寧にお礼を言った。
女の子の興奮は収まらないようで、「ねえねえ」と食い気味に話しかけてきた。
茶髪の子「ロマンチックは? ロマンチックも歌える?」
俺「うっわ! 渋いね!」
予想外の曲目が出てきて、少々面食らった。
でも、本当に好きなんだって思って、嬉しくもなった。
俺「でも、あの曲はリズム隊がないとさすがに難しいんじゃないかなぁ」
茶髪の子「一回! 一回だけ……」
上目遣いでせがまれて、俺もひくにひけなくなった。
そう言うと、女の子は「やった!」と笑顔になり、
立ったままギターを構えた。
二人で呼吸を合わせて、「いっせーの!」の掛け声と共に、
「シャラララ…」と歌い始めた。
意外にも調子が良く、俺が指で拍子をとると、
女の子は笑ってそれに合わせてくれた。
楽しくて、俺も思わずのめり込んで歌ってしまった。
「良かったのに!」と地団駄を踏まれた。
茶髪の子「それにしてもやっぱり上手い! 練習してるの?」
俺を捉える彼女の瞳は、瑞々しい光で満ちていた。
俺「いやぁ、好きでよく歌うだけだから。そんな練習なんてw」
茶髪の子「途中、ちょっとヒロトっぽかった!」
俺「そんなわけないだろーw」
なんてくだらないやり取りをして、二人で笑ってしまった。
そう問うと、女の子は下を向いて「んーん」と首を横に振った。
俺「じゃあ、レンタルしてiPodとかに入れてる?」
茶髪の子「持ってないよ、そんなの」
俺は不思議に思って、首を傾げた。
茶髪の子「これで、聴いてる」
女の子はそう言うと、何やら音楽プレイヤーを取り出した。
俺がそう呟くと、女の子は恥ずかしそうに頷いた。
MDって! このご時世に、今だに使っている人がいたとは。
どうしてこんなものを使っているんだ。
茶髪の子「やっぱり変でしょ? キモいよね、こんなの」
茶髪の子「今時こんなの誰も使ってないって知ってるし」
茶髪の子「知ってるし……」
先ほどまでカラフルに色づいていた女の子の表情が、
たちまち曇っていくのが分かった。
俺「俺だって昔はよくMD使ってたし、お気に入りのは今でもとってあるしw」
そう言うと、女の子は安心したのか「ほんと?」と顔を上げた。
俺「それにMDって味があって良いと思うよ、俺は」
自分でも苦し紛れな事を言ってるな、と思った。
でも、そうでもしないと。余計なことで落ち込ませたくない。
なんでMDなんか? という疑問は心に残ったが、
俺はそれを一旦忘れることにした。
普段これで擦り切れるほど音楽を聴いてるんだろうな、と思うと、
そんな疑問はどうでもいいように思えた。
俺「それにしてもブルーハーツがすごく好きなんだね」
茶髪の子「うん、大好き! 全部弾いてみたいなって思ってる」
俺は笑って「それはすげえな」と言ってしまった。
そう質問すると、女の子は「ほかぁ?」と言ってしばらく考えた。
茶髪の子「ミッシェルとか、ブランキージェットシティーとか?」
俺「うっそマジ! 超いいじゃん!」
いずれも90年台の遠い昔のバンドだが、俺も大好きだったので驚いた。
茶髪の子「え、知ってるの? 分からないかと思った!」
俺「そりゃ、かなり昔のバンドだけどさ。俺も大好きだよ!」
茶髪の子「でもやっぱり、ブルーハーツが断トツで一番好きだけどね」
俺「それも分かるわぁ」
俺とこの女の子、なぜか妙に波長が合った。
中3の女の子の趣味にしては、あまりに違和感があるように思えた。
俺の問いに、女の子は少し苦笑いして答えた。
茶髪の子「家に、そういうMDしかないんだよ」
茶髪の子「だから古い音楽しか聴かないの」
俺「なるほどね、そういうことか」
納得してそう答えると、彼女はすぐに続けた。
茶髪の子「でも、それでも良かったと思ってるよ」
茶髪の子「じゃなきゃ、ブルーハーツにも出会えなかったし」
そう言うと、俺の方を見てにっこりと笑った。
茶髪の子「こんな自分でも頑張ろうって、なんかそんな感じにさ」
女の子の言葉に、俺は大きく頷いた。
俺「うん、分かる。かっこ悪くてもいいよ! ダメでもいいんだよ! みたいなw」
そう言うと、女の子は「そうそうw」と嬉しそうに何度も頷いた。
そんな風にブルーハーツ談義に花を咲かせていたが、
腕時計に目をやると、相当な時間が経っていたことに気づいた。
茶髪の子「そっか、勉強に来たんだもんね」
女の子は、寂しそうに呟いた。
茶髪の子「ねえ、勉強って楽しい?」
そう聞かれて、俺は返事に困った。
そりゃあ、決して楽しいものではないけど……
俺が答えられずにいると、女の子は「ごめん、急いでるのに」と言った。
俺「ああ、そうだね! 俺は1だよ。そっちは?」
そう問いかけると、女の子は仄かに笑みを浮かべて、
「ヒロコ」でいいよ、と言った。(もちろんブルハの甲本ヒロトから)
ヒロコ「いつまでここにいるの?」
俺「一週間だから、来週の土曜日には帰るよ」
そう答えると、ヒロコは「そっかぁ」とだけ返事をした。
ヒロコ「あたし、大体いつもここにいるから」
ヒロコ「明日も、明後日も、雨さえ降ってなければいつも」
俺はそれに、「うん、わかったよ」と答え、小走りで境内を出て行った。
多分あれは、「また来てね」という事なんだろうか。
そう考えると、ちょっと嬉しくなった。
こんな見知らぬ田舎の山奥で、気心の知れた友達ができたように思えた。
神社の境内は木陰で風も通っていたので涼しかったが、
自転車で走り始めると、やっぱり焦れったい西日が身体に纏わりついて、亡くなるほど暑い。
それでも見上げれば、頭上には青々とした空がどこまでも広がっていた。
「ブラウン管の向こう側~♪」
俺は思わずブルーハーツの「青空」を口ずさんでしまった。
ヒロコも、「青空」は好きだろうか?
担任には怒られ、ジュースを忘れたことで女子からもブーイングを受け、散々だったw
でも、俺の心にはヒロコのことが焼き付いていた。
他人を寄せ付けないような明るい茶髪、煙草、最初は明らかにやばいと思ったが、
話してみればなんと気の合う子だったことか。
一体あの子は何なんだろう?
そんな気持ちが俺の心を占めつつあった。
武智「なあ1、お前買い出し行った時何してたんだよ?」
俺「何って? 別に何も」
とぼけようとしたが、武智には効果がなかった。
武智「馬鹿言うなよ。お前随分戻って来なかったじゃねえか」
言うべきかどうか悩んだが、隠すのもおかしいかと思い、言うことにした。
俺「それが近くの神社でさ、地元の女子中学生と知り合って……」
武智「え、お前! ナンパ?ナンパしてたのか?!w」
俺「お前、やめろ! うるせえよ!」
武智の声が配慮の無い声量で、俺は思わず武智の頭をはたいた。
俺もよく口ずさんじまう
おっさんだからかもしれんがw
首を傾げてそう言うと、武智に「何が?」と聞かれた。
俺「いや、明るい茶髪でさ、そんで煙草吸ってたんだよ」
武智「うわ、ごっついヤンキーじゃねえか」
俺「うん、そうなんだよ。俺もそう思ったんだけど」
武智「何かあったのかよ」
俺「まあねぇ」
唐突な質問に武智は戸惑ったようだけど、
「まあカラオケでもしょっちゅう歌うもんな」と答えてくれた。
俺はそんな武智に、あの神社で起きたヒロコとの一部始終を伝えた。
武智は疑いの視線で、「ええーそれマジかよww」と笑っていた。
俺「まあいいよ、信じてくれなくても」
なんだか馬鹿にされた気がして、俺はちょっと嫌な気分になった。
武智「ごめんごめん、まあそう怒んなよw」
武智「それにしても、その子は一人でそこにいたんだろ?」
武智「なんで神社なんかに一人でいるんだろうな?」
言われてみれば確かにそうだけど……
そんなこと、分かるわけがなかった。
俺「とにかく、この話は誰にも言わないでくれよ」
俺「変に噂にされんのも、嫌だからさ」
武智「おう、分かった」
武智はお調子者だったが、約束した事は守ってくれる。
だから俺も信頼して話をしたのだった。
一日で、一番羽を伸ばせる時間である。
武智「お前! やめろ! ホームランバットは卑怯だろwww」
元気「アイテムを使いこなしてこそ真の強者だからwww」
武智「コロ.されるぅぅwww」
武智と元気が、大騒ぎしながらスマブラで遊んでいた。
吉谷はその様子を笑いながら、部屋の片隅でベースを弾いていた。
吉谷「お? ミッシェルだけど」
吉谷はイヤホンを外しながら答えた。
「そっか」と答えて、しばらく吉谷の奏でるベースの音に耳を傾けていた。
そもそも俺がブルーハーツを好きなのも、
ミッシェルやブランキーといった往年のバンドが好きなのも、
全てはこの吉谷の影響だった。
吉谷は軽音部で、好んでそういうミュージシャンの曲を演奏していたのだ。
俺「なあ、『終わらない歌』弾いてくれてない?」
吉谷「いいけど、急にどうしたw」
俺「別に、なんとなく聴きたくなっただけ」
そう言うと吉谷は頷いて、「OK」と言って俺にイヤホンの片方を差し出した。
そして曲をかけると、吉谷は無造作にベースを奏で始めた。
俺はそれを聴きながら、ヒロコの弾いていたギターを思い出した。
演奏が終わって、「うんうん、これだ」と言うと、
吉谷は笑って「何がだよw」と腑に落ちない様子だった。
俺「いや、なんでもない。ちょっと聴いてみたくなったんだよな」
そう言うと吉谷は所在なげに、「ま、いい曲だよな」とだけ言った。
俺は頭の中で何度も「終わらない歌」のメロディーをリピートさせていた。
妙に心に残って、離れなくなっていた。
しばらくするとまた夜の勉強時間となり、粛々と合宿の1日目は終わった。
外は見事に晴れていて、気持ちいいほどの夏模様だった。
午後の休憩時間、俺は武智や吉谷、数人の女子とバドミントンをして遊んでいた。
元気のやつは、てこでも外に出ようとはしなかった。
遊びながら、俺はやっぱり昨日の事がどうしても忘れられずにいた。
だらだら考えるのも嫌で、俺は決心してみんなに告げた。
俺「ちょっとジュース買いに行ってくるわ」
吉谷は「おお、気をつけろよー」と至って普通な返事だったが、
武智は妙にニヤついていた。
懐かしいなぁ…
おっさんになると昔の夏に戻りたくなる
どうしてだろうな
正直、自分がどんな感情で動いているのかも分からなかった。
ただ行って、もう一度ヒロコと話してみたい気がした。
真っ白な光が降り注ぐ田舎道を飛ばして、あの鳥居へ向かう。
階段を登ると、小学生たちがサッカーをしていた。
「今日はサッカーかよ」
なんてぼんやりと考えながら、一直線にあの境内へと進んだ。
「いないのか」と肩を落とし、境内の周辺を見回すがやはり人影はなかった。
昨日よりも少し早い時間帯だからだろうか、それとも今日は来ないんだろうか?
拝殿の脇にあった缶からには無数の吸い殻があったが、それでは判別がつかない。
何にせよ目的を失った俺は、そのまま宿に引き返すことにした。
武智「え、なんか早くない?」
俺「いなかったわ」
武智「そっか、そりゃ残念だな。さすがに、この暑いのに毎日は来ないんだろ」
そう言われたものの、やっぱり何か腑に落ちなかった。
昨日は、明日も明後日もいるって、自信満々に言ってたのになぁ。
武智「そんなことより、朗報だぜ」
俺「なにが?」
俺「え、マジで?」
急に舞い降りた夏らしいイベントに、少し心が惹かれた。
武智「これはきっと楽しいことが起きるぞ~w」
武智のやつは妙に浮かれているようだったけど、
それでも俺は、そこまで色めき立つことはなかった。
肝試しがあるからって、渚との距離が縮まるわけでもないし。
俺「まあ、ありゃいいけどね」
そう言われたものの、やっぱりどこか上の空で、
俺は残りの午後からの勉強時間、まったく集中できずにいた。
進めようと思っていたチャート式も、完全に手が止まっていた。
夕食後は担任も宿舎を巡回するし、抜け出すならこのタイミングが一番だった。
太陽はほとんど沈みかけて薄暗く、空はオレンジと藍色が混ざり合っていた。
一番気持ちが浮つく時間で、みんな外で洗濯やら鬼ごっこをして騒がしかった。
俺はしれっと自転車に乗って、またあの神社を目指した。
もう日も暮れるけど、もしかしたらいるかもしれない。
それだけを確かめたかったんだ。
あの古ぼけた鳥居も、なんだか不気味に見えた。
広場まで来ると、小学生の姿もなくひっそりとしていた。
数個の電灯がぽつぽつと点いているだけだった。
風が吹くと、そこら中の木々がカサカサと音を立て、少し虚しくなった。
そんなことを考えながら奥の境内のほうへ進むと、灯りの下に数人の人影が見えた。
驚いて、思わず拝殿の影に隠れてしまった。
ヒロコと、他に二人の男が煙草を吸っているように見えた。
こんな日も暮れてから、一体何をしてるんだ?
すると、何やら会話が聞こえてきた。
その口調はキツイものだった。何か怒っているのか?
男A「お前さぁ、そんなもん無理に決まってんだろ」
ヒロコ「じゃあもういいから! 練習の邪魔だからどっか行けよ!」
男A「はあ? お前口のきき方気をつけろって言っただろ」
どう聞いても穏やかじゃない。
何かでケンカしているのだろうか?
ヒロコ「はあ? またそれ? ギター代はもう払っただろ」
男B「ははは、言ってなかったけぇ? 2回払いだって言ったじゃん」
男は、何やら気味の悪い笑い声をあげた。
というか、ヒロコは金を取られている?
カツアゲってやつか? それとも嵌められてるのか?
そんなことを頭の中でグルグルと考えていると、
「おい、てめえ誰だよ?」
見つかってしまった。
ぱっと見で二人ともゴリゴリのヤンキーだと分かった。
これは、まずいぞ。コロ.されるかもしらん。
体が縮み上がって、心臓から全身に冷水が染み出していくような感覚に襲われた。
正直何も言えず、微動だにできなかった。
ヒロコ「ちょっと! この人は関係ないじゃん!」
ギターを背負ったヒロコが、俺の前に駆け寄ってきた。
ヒロコ「関係ないでしょ!」
男B「おい、てめえなんで見てたんだよ? コロ.すぞおい」
俺「あ、その……」
恐怖と混乱で、まったく口がまわらない。
ヒロコ「1! 行こ!!」
ヒロコはそう言うと、俺の手を思い切り引っ張って、全速力で駆け出した。
という怒声が聞こえた。
二人で夢中で走って、境内の裏側の出口から外へ出た。
肩で息をしながら、「こっちにも出口があるのか」と囁くと、
ヒロコは少しだけ笑みを見せて「知らなかったのかよ」と言った。
ヒロコ「じゃあ、そっちまで行こうよ」
そう言って、二人で息を整えながら鳥居側の入口を目指した。
俺「ヒロコは、歩きなの?」
ヒロコ「うん。中学は歩きでも行けるし、自転車ないから」
俺「そっか。でも、歩きでギターを背負ってるのは大変じゃない?」
ヒロコ「別に平気だよ」
そんなやり取りをして、すっかり薄暗くなった道を二人で歩いた。
聞いたらまずいかもと思ったが、聞かずにはいられなかった。
ヒロコ「先輩だよ。友達、なのかな」
俺「本当に友達なの?」
さっきの剣幕は、どう見ても友達のそれには思えなかったが。
ヒロコ「そうだよ……」
そう言ったものの、ヒロコの表情は険しい。
俺「まあ、ちょっと暇だったしね」
素っ気なくそう言うと、ヒロコは「ひひひ」と笑った。
その笑顔はやっぱりあどけなさが残っていて、
すぐに壊れそうな、頼りなさや儚さを感じてしまった。
でも、俺が来たことを喜んでくれるなら、それでいいと思えた。
ヒロコ「なんで?」
俺「だって、さっき練習とか言ってたから」
ヒロコ「まあ、あそこで弾いてることは多いよ」
話しているうちにT字路にぶつかって、「ここは左」とヒロコに促された。
「本当に?」と聞くと「馬鹿でも道くらい分かる!」と怒られたw
ヒロコ「そんなことやってないよ」
そう言うとヒロコは俯いてしまった。
ヒロコ「誰も、あたしとなんかバンドやってくれないよ」
ヒロコ「ギターは、一人でしか弾いたことない」
俺「そっか……なんかごめん」
申し訳ないことを聞いてしまったな、と思った。
無神経な質問だったかもしれない。
ヒロコ「でも、あたしはバンドを組んでステージに立ちたかった」
ヒロコ「ステージに、立ちたかったなぁ……」
そう言ったヒロコの横顔は、宵闇の中でもはっきりと浮かび上がって見えた。
その瞬間、どうにかしてあげたい、という想いが湧き上がった。
ヒロコ「鳥居も見えてきたし、あたしはこの辺で」
そのまま踵を返し、来た道を戻ろうとする。
そう尋ねると、ヒロコは黙ってかぶりを振った。
さっきのヤンキーのところに戻るのだろうか?
だめだ。そんなんじゃだめだ。
そう思うと次の瞬間、こんなことを言っていた。
「今から、俺の合宿所に来なよ。『バンド』ができるかもしれない」
はやく続きが読みたい!w
俺「いや、まずいかもしれないけどw バレなきゃどうってことはないよ」
俺「俺の友達に、ベースを弾くやつがいるんだ。そいつと一緒に演奏したらきっと面白い」
俺「だから、来てみない?」
そう誘いかけると、ヒロコは「そうなの!?」と目を輝かせた。
ヒロコ「行きたい行きたい!」
ヒロコは両手を振ってはしゃぎ始めた。
俺は笑って、「よし、じゃあ行こうぜ」とヒロコを呼んだ。
食堂で夕飯が始まっているようだった。
ヒロコ「こんな所で勉強してんだ~」
俺「そうだよ、ちょっと待っててくれる」
そう言って、ヒロコを宿舎の裏側で待たせて、俺は食堂に向かった。
案の定、担任に「遅いぞ!」と怒られた。
「すいませんちょっと色々あってw」と流し、すぐに吉谷を探した。
端っこに座っていた吉谷を見つけるやいなや、「すぐ部屋に戻れない?」とけしかけた。
吉谷「今? まだ食ってる途中なんだけど」
俺「頼む! すぐに来て欲しいんだよ」
俺が懇願すると、吉谷は「まあいいけどさ……」と渋々立ち上がった。
担任に、「ちょっと探し物があって、部屋戻ります!」と告げて食堂を後にした。
そこには、ギターを背負ったまま佇んでいるヒロコがいた。
吉谷「え? 誰……?」
吉谷は目をぱちくりさせ、混乱している様子だった。
ヒロコは、「あ、こんにちは……」と小声で会釈をした。
ちゃんと挨拶をしたことに、少々驚いた。
俺「地元の中学生で、ヒロコ…ちゃん」
吉谷「それはどうも……で、なんで中学生がここに?」
吉谷の疑問はもっともだったし、俺は順序立てて説明することにした。
俺「話してみたら案外仲良くなってさ……」
ヒロコも俺に合わせて、コクコクと何度も頷いた。
吉谷「ふーん……」
吉谷の、疑念に満ちた視線はそのままだった。
俺「それで、彼女はギターを弾くんだけど」
吉谷「おお、背負ってるもんね」
吉谷の表情が少しだけ緩んだ。
俺「中でも特に、ブルーハーツが好きなんだよ!」
それを聞いて、吉谷は「え、マジ!」と声を出して驚いた。
吉谷が食いついたところで、俺は続けた。
俺「だから、この子と一緒に『終わらない歌』演奏してくれないか?」
俺「頼む!」
そう言うと、吉谷は「うーーん」と唸って悩み始めた。
吉谷「バレたら、とんでもねえことになるぞ……」
吉谷はそう呟くと、首をひねった。
俺「だから、なんとか」
俺が必4にそう言うと、ヒロコも「お願いします」と頭を下げた。
さすがの吉谷も押し負けたのか、
「じゃあ、いいけどさ……」と承諾してくれた。
それを聞いてヒロコが「ありがとう!」と飛び跳ねた。
吉谷「とりあえず部屋に来なよ」
吉谷「ここだと誰かに見られちまう」
吉谷は俺たちを宿の裏口へと先導した。
吉谷は「絶対だからな」と口をとがらせた。
吉谷「えーと、ヒロコちゃん? 靴は持って中に入ってな」
宿舎に入ると、吉谷は念入りに中を見回した。
吉谷「夕飯中で良かったな。まだ誰もいない」
吉谷は小声でそう言うと、俺とヒロコに「入れ」と手で促した。
三人で素早く2階の俺たちの部屋へと向かった。
吉谷はそう苦笑いしたが、俺も散らかっていた私物をすぐに片付けたw
吉谷が部屋の隅に立てかけてあったベースを構えて「よし」と言うと、
それを見てヒロコも急いでギターを構えた。
ヒロコはあからさまに緊張していて、動きがぎこちなかったw
俺が「そんなに緊張しなくてもw」と語りかけると、
「でも……」とあたふたしていたw
ヒロコ「わ、分かった」
ヒロコはカチコチになりながら、終わらない歌の出だしをさらった。
吉谷「おお、思ったより弾けるじゃん!」
そう言うと吉谷は、嬉しそうにカバンから何か取り出した。
吉谷「アンプとかはさすがにないけど、コイツで合わせよう」
取り出したのは、ミニスピーカーだった。
そして自らの音楽プレイヤーをつなげた。
吉谷は「よっしゃやろか」と言って、俺に音楽プレイヤーを差し出した。
ヒロコに「準備はいい?」と聞くと頷いたので、再生ボタンを押す。
スピーカーから「終わらない歌」が流れて、二人の表情が変わった。
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
あの聴き親しんだイントロが流れて、すぐに「終わらない歌を歌おう!」と曲が走り始める。
吉谷はさも楽しそうに笑顔で「自信持って弾けばいいんだよ!」と呼びかけた。
2回目のサビが来る頃にはヒロコも固さが取れて、
楽しそうに笑顔混じりで演奏を始めた。
二人とも体を上下に揺らして、ノリノリである。
俺も楽しくなって、ついつい歌を口ずさんでしまう。
ヒロコ「やった! 全部やりきれたー!」
盛り上がって、三人で思わずハイタッチしてしまった。
俺「二人とも、すごいね!w」
興奮してそう言うと、二人は恥ずかしそうに笑った。
気づくと、部屋のドアの前に武智と元気が立っていた。
武智はニヤニヤしていたが、元気は何とも複雑な表情をしている。
俺「え?! もう夕飯終わった?」
慌ててそう聞くと、「大丈夫大丈夫、まだみんな食ってっから」と武智が答えた。
武智「なんかお前らが怪しかったからさww様子を見に来たんだよ」
俺「なんだよ……それなら良かった」
武智は俺を引き寄せ、小声で(これが、昨日言ってた子か?)と尋ねた。
俺が黙って頷くと、「やっぱり」とおちょくるような笑顔を作った。
俺のそばに寄ってきて武智と元気に軽い会釈をした。
元気だけが状況を理解しておらず、口を開けたままだった。
吉谷「ちゃんと先生はごまかして来たんだよな?」
武智「だーいじょぶだって。そこはマジで問題ないから」
武智「そんなことより、邪魔してごめんな」
武智「せっかくなんだし、もっと弾けよ」
ヒロコはこの状況に物怖じすることもなく、
「それならもっかい終わらない歌を弾きたい」と言った。
吉谷は「好きだねw」と笑いつつも、「いいよ」と準備態勢に入った。
すると武智が何を思ったのか、
「同じじゃつまんねえし、1が歌ったらどうなんだよ」と言い出した。
すると吉谷も「いいじゃんそれwお前歌えよww」と乗り気になった。
ヒロコ「すっごくいいと思う。歌ってよ!」
ヒロコも目をキラキラさせて、そう頼み込んできたのだった。
逃げ場がなくなった俺は、「それじゃ、一回だけね……」と泣く泣く了承した。
元気だけはやはり輪に入れず、呆然としたまま黙っていたw
もう半ばやけになっていた俺は「いくぞー!」と叫んで再生ボタンを押した。
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
吉谷とヒロコの渇いた楽器の音が鳴り響く。
不思議と、さっきよりも大きく聴こえるような気がした。
「終わらない歌を歌おう! クソッタレの世界のため!」
歌い出すと、不思議とみんな笑顔になった。
歌っている俺自身も、なんだか楽しくて仕方がない!
ノリノリで演奏を続ける吉谷とヒロコ。
武智と元気も楽しそうに体を揺らし、合いの手を入れる。
ただの寂れた和室に過ぎなかった場所が、
たちまちライブ会場になったような気がした。
とにかく楽しくて、俺は我を忘れて歌い続けた。
みんなで「イエーーーー!!」と盛り上がってしまった。
そして意味もなく、またハイタッチ。
歌い終わった後も、なんだか胸のドキドキを抑えきれなかった。
なんなんだ、この気分は。
そしてヒロコが、「すっごく楽しい!!!」と叫んだ。
その笑顔は、まるで晴れ渡る夏空のようだった。
淀みがなく、真っ直ぐで、純真な笑顔。
この子、こんな顔で笑えたのか、と意表を突かれた。
窓から外の様子を見ていた元気が、「あ、そろそろやばいかもよ」と言った。
武智「え、もうそんな時間か?」
俺「大声で歌いすぎたかな?」
吉谷「まずいね、帰ったほうがいいかも」
場の空気が一気に張り詰めた。
もちろん、合宿所に部外者の立入りは禁止だし、それが地元の女子中学生だなんてバレた暁には、
俺たち全員どうなるか分かったものじゃない。
そう言って、勢い良く武智が階段を降りていった。
元気「俺はこっから見てるよ。こっちに向かってきてる人はいないけど、すぐ来そうだわ」
ヒロコは眉をひそめて、「え、どうしたらいいの?」と困っているようだった。
俺「とりあえずギターをしまって、帰る準備! 靴も持ってね」
武智「おーい! 今ならまだ行けるぞ! 早く早く!」
一階から、武智の呼ぶ声がした。
ヒロコと俺と吉谷の三人は、大急ぎで階段を降りた。
裏口の方で、武智が「こっちこっち」と手招きしていた。
裏口から勢い良く飛び出すと、吉谷と武智は食堂の方に向かおうとした。
吉谷「俺らが食堂の方に行って、こっちに人が来ないようにしとくから」
それを聞いてヒロコが、「あの、今日は本当にありがとうございました」とお礼を言った。
吉谷と武智は、振り向きながら手を振ってそれに応えた。
ドキドキしてくる胸が
俺「ここまで来れば、さすがに大丈夫だろ」
ヒロコ「そうだね……」
俺たちは肩で息をしながら会話を続けた。
ヒロコ「1の友達に、ちゃんとお礼言いたかったな」
俺「気にしないでよ、俺から伝えとくからさ」
ヒロコは真剣な顔で「よろしく」と言った。
ヒロコ「人と弾いたの初めてで、なんだかライブしたみたい」
俺「そうだねw 俺もついつい乗りすぎちゃったw」
ヒロコ「誰かと一緒に弾くって、こんなに楽しいことだったんだ」
ヒロコは「ひひひ」と笑って、「ありがとね」と呟いた。
その笑顔はやっぱり、あのあどけないものだったけど、
どうしてか、俺の心にじーんと染み込んだ気がした。
照れ隠しで、ついつい素っ気なく返事をしてしまう。
俺「それより、こっから家遠いの? 大丈夫?」
ヒロコ「ううん、そんなにだよ。だからここで大丈夫」
ヒロコは「じゃあね」と俺に手を振った。
俺も黙って振り返す。
ヒロコは最後に、「あの神社で、また弾いてるからね」と言い残していった。
その言葉とともに、暗がりの街灯の中、あの茶髪の後ろ姿が遠くなっていくのを目に焼き付けた。
外にはすでに夕飯終わりのクラスメイトが何人もいた。
危なかったな、と肝を冷やした。
食堂前に吉谷と武智がいて、「大丈夫だったか」と聞かれたので、
「なんも問題なかったよ」と答えて、
一人で食堂で軽くご飯を食べて、部屋に戻ることにした。
吉谷「で、あの子は一体なんだったんだ」
俺「ああ、それを話そうと思ってさ」
俺は腰を降ろし、3人を集めた。
武智「でも、かなり楽しかったよな」
元気「それはいいけど、俺が一番意味不明なんだよw」
俺は笑って、3人にもう一度ヒロコとのこれまでの出来事を話した。
話し終えると、珍しく吉谷が大笑いして言うもんだから、意外だった。
俺「別に、拾ったわけじゃないけどな」
吉谷「ギター、あんまり上手くはなかったけど、一生懸命な気持ちはすごかったな」
吉谷「好きで仕方ないんだって気持ちが伝わってきたよ」
吉谷は笑顔混じりで話し続ける。
ヒロコの熱い想いみたいなものが、伝わったんだろうか。
吉谷「そうだよな、それなら一緒に弾いてあげれて良かったと思うわ」
いきなりあんな女の子を連れてきたら、みんなもっと混乱するかと思ったけど、
ヒロコのことを認めてもらえて良かった、と思った。
俺のやったことが間違いじゃなかったし、コイツらをまたちょっと好きになった。
元気「でもさ、1はこれからどうすんだ?」
元気の質問の意味が、俺にはよく分からなかった。
元気「だってさ、聞いた話だとヒロコちゃんはその神社でまた待ってるんだろ?」
元気「お前、また行くの?」
そう言われて、すぐに言葉が出なかった。
あれ? 俺はどうしたいんだろう?
武智「そんなもん、別にまた行きゃいいじゃん」
武智「東京帰るまで時間もないし、暇な時に行ってちょっと話せばいいだろ」
吉谷「そうかな? どうせすぐに俺らはいなくなっちゃうんだぜ」
吉谷「あんまり仲良くなりすぎたら、向こうも1も辛いだろ」
武智は、「そんなことないと思うけどねぇ」と納得していない様子だった。
元気「それもあるけどさ」
元気「また、そのヤンキー連中に絡まれたりしない?」
元気「だって今日も危なかったんだろ?」
武智「事情を話したらどうってことないだろうよ」
吉谷がそれに笑って応戦する。
吉谷「それはないだろ。友達なら逃げたりしないと思うぜ?w」
吉谷「もしかしたら、複雑な事情を抱えてるかもしれん」
元気「俺もそんな感じはするね。あ、ヒロコちゃんは別に悪い子だとは思わないけどさ」
これ以上ヒロコのことに顔を突っ込んだら、まずいだろうか?
でも、今日演奏した時に見せたヒロコのあの夏空のような笑顔。
あの笑顔を俺は忘れられずにいた。
吉谷「まあ、俺らがこんなに言っても仕方ないし」
吉谷「どうしたいかは、1が決めればいいんだけどな」
そう言って3人は、俺の方を見た。
俺がしたいように。
俺「自分でも分かんないけど、そうしたい」
3人は笑って、「だと思ったww」と口を揃えて言った。
そして、「何かあったらすぐ報告してくれよな」と言ってくれた。
何か分からないけど、嬉しくて胸がじーんと熱くなった。
この3人が友達で良かったと、心の底から思った。
そんなことを思い出させる良スレ
ヒロコのことが気にかかるも、一日中勉強小屋から抜け出すことができなかった。
でも、昼間は雨模様の天気だったし、神社には明日行けばいいな、と思った。
テストの休憩時間、渚に少し話しかけられた。
渚「1君、もう知ってるかもしれないけど、今夜肝試しするの」
渚「参加するよね?」
俺「あ、行く行く!!」
即答だった。
昨日の武智の予告通り、今日は肝試しが行われるらしい。
やっぱり俺は渚のことが好きだったと思う。
話したらドキドキするし、やっぱり目で追ってしまう。
だから、渚から肝試しに誘われたのは、本当に嬉しかった。
俺は舞い上がったし、チャンスがあれば渚と組んで肝試しに行きたいと思った。
ぞろぞろと宿舎の裏側に人が集合していた。
クラスの半分くらいだろうか?
昼間の雨のせいもあってか、空気はじっとりと湿っていた。
熱帯夜とは呼べない、涼しげな夜だった。
肝試しをするには、うってつけだと思った。
監視の目はかなり緩んでいた。
(というより、この肝試しは半公認だったのかもしれない)
やっぱり、肝試しをするとなると浮つくし、
集合している人はみんなソワソワして落ち着かない様子だったw
中心グループの女子が、「もう班は分けてあるからー」と声をあげた。
そして、手際よく班ごとに人を捌いていく。
肝試しキターー!
委員長は、眼鏡をかけた女の子で、
真面目だけれどノリはよく、周りからは好かれていた。
元気は女子ばかりの班に男子一人になり、
吉谷は渚と一緒になったようだった。
班分けに若干恣意的なものを感じた俺は、少し拗ねていた。
武智「たまたまじゃねえの?」
そう、俺の好きな人である渚は、
「吉谷のことが好きだ」という噂があり、それは結構有名だったのだ。
そして、クラスの女子がいらぬ気を利かせてこの班分けにしたんじゃないかと、
俺は邪推してむくれていた。
渚の好きな人が吉谷、と知ってから吉谷と思い切り仲良くできなかった。
もちろん吉谷が悪いわけではないし、
吉谷も、俺の好きな人が渚であることは知っていた。
だから、誰も憎むことはできないし、仕方のないことだった。
人の気持ちなんてどうしようもないし、難しいものだ。
だからこそ俺は渚に対して大きく踏み出せずにいた。
先行隊がどんどん出発し、俺たちの班の番となった。
宿の敷地から伸びる農道を進んだ先に廃商店があり、
そこに「アイテム」があるので、拾ってくればいいというものだった。
農道は舗装されているもののガタガタで、雑草が生え放題だった。
その粗野な感じが、また不気味さを一段と強くする。
俺たちが自転車を落としてしまったり、遊び場にしている川だが、
夜になるとやっぱり雰囲気が変わり、薄気味悪い。
後続の方から、女子の「きゃー!!」という悲鳴が聞こえてくる。
武智「やってるやってるww」
武智はとても楽しそうに、ニヤつきながら進んでいった。
灯りが少ないというのも、恐怖心を煽る原因だった。
委員長「ちょっと、速いよ……もうちょっとゆっくり行こ」
俺と武智の後ろを歩く委員長が、恐怖に顔を歪め、話してきた。
武智「なんだ委員長怖いのかww」
委員長「そりゃ怖いよ。なんか武智信用できないし」
それを聞いて俺は吹き出してしまった。
委員長「タックルが通用する相手ならいいけど」
武智「幽霊か! そんなもんいねえよww」
委員長「え? さっきから武智の後ろにずっとなんかいるよ?」
武智「えええ! マジ!?」
この二人、面白すぎる。
二人のやり取りを聞いていると、恐怖心も和らいできたw
かわいいなw
それでも委員長は怖いのか、俺の後ろを恐る恐る歩いていた。
武智「そんなにこええならさ、歌でも歌おうぜ」
委員長「やめようよ、変なの寄ってきちゃうよ」
武智「そんなわけあるかwww」
そして、武智は委員長の制止を振り切って思い切り歌い始めた。
俺「なんで銀杏ボーイズなんだよwwww」
武智の思わぬ選曲に俺と委員長は大笑いしてしまった。
結局やけにハイになってしまって、嫌がっていた委員長もろとも、
三人で銀杏BOYZの「夢で逢えたら」を熱唱しながら進んだw
肝試しのテンションは、本当に恐ろしい。
目的地である廃商店が見えてきた。
ハイになっていた俺は「アイテム取ってくるぜ!」と言って、
一人で駆け出してその廃屋の近くに寄っていった。
建物の表側にそれらしきものが見当たらなかったので、
裏へ回ってみると思いもよらぬものが目に入った。
お前はくりぃむしちゅーのオールナイトでも聞いてんのかw
俺「あ……」
俺は、思わず声を出してしまった。
すぐ引き返せばいいものを、固まってしまって動けない。
吉谷「1? 1か?」
吉谷に気づかれて、俺は一目散にその場から離れた。
アクセサリーらしきものを手に取っていた。
俺「早く帰るぞ」
ぶしつけにそう言って、引き返そうとする。
武智「何かあったか?」
俺「いいから、早く来るんだよ!」
珍しく俺が声を荒げたので、武智も委員長も素直についてきた。
吉谷は隠してたのか?
うそだろ? そうだったのか? そんなアホな。
そんな考えがとりとめもなくグルグルと頭を回っていた。
武智「おい、お前変だぞ。何かあっただろ?」
委員長「そうだよ、1何かあったの?」
武智にだけ聞こえるように、「吉谷と渚が……」と話した。
武智は驚きを隠しきれないようだった。
揺るがない現実を突きつけられた俺は、
情けないことにポロポロと泣き出す始末だった。
委員長「泣くほど怖かったの?」
武智「馬鹿言えw」
そう言われて、武智が俺の顔を見た。
武智「別に、委員長なら大丈夫だろ。言わないのも逆に悪いし」
俺はそれに、黙って頷いた。
武智「吉谷と渚が、あの商店の裏でキスしてたらしいんだ」
委員長「あ、そうなんだ」
武智「あれ、驚かないね」
委員長「まあ、だって私は渚と吉谷君が付き合ってるの知ってたし」
委員長「むしろ、それで1が落ち込むのがびっくりなんだけど……」
武智は、また黙って俺の方を見た。
俺「俺、渚のこと好きだったからね。それでだよ……」
委員長「ってか二人とも吉谷君と渚が付き合ってること知らなかったの?」
そう質問されて、俺も武智も「知らなかったけど」と答えた。
委員長「えー! じゃあ吉谷君は1にも武智にも付き合ってること言ってなかったの?」
武智「聞いた覚えはねえよな?」
そう振られて、俺も大きく頷いた。
委員長「うわー、そうなんだ……」
暗がりで委員長の表情はよく見えなかったが、声色が呆れていることは分かった。
委員長「吉谷君は、1が渚のこと好きだってことは……」
俺「知ってるね。前に話したことあったし」
武智「そうだよな、前に言ってたもんな」
それを聞いて委員長は「やばいことになったねぇ」と苦笑いしていた。
武智「隠してたってのが、やっぱりショックだよな~」
本当にそうだった。
俺は渚の気持ちだって最初から知っていたし、
ハッキリ言ってくれれば諦めだってついたのに。
今まで吉谷と仲良くしていた時間、あの全てが偽りだったように思えた。
アイツは、俺や武智や元気と遊んでいる時、笑っている時、
一体何を思っていたんだろうか?
武智「まあでも、アイツにも何か事情があったかもしれんし」
委員長「うん、吉谷君もきっと悪気はないと思う……」
それはそうだけど。そんな事言っても、気持ちに整理はつけられなかった。
なぜ隠していた。なぜ黙っていた。
そんな想いが黒く燃え上がって、俺の心が荒んでいくのが分かった。
元気や武智たちと何を話すでもなくゲームをして遊んでいた。
すると、そこに吉谷が何も言わずに帰ってきた。
俺たちには話しかけず、布団を敷いて先に寝るようだ。
もしかしたら俺は、吉谷を睨んでしまっていたかもしれない。
武智「なあ、吉谷」
武智が声をかけると、横になった吉谷はだるそうに、「なに」と答えた。
どうしてくれる
吉谷「なんだ、もう武智にまでまわったのか」
吉谷は、こちらを向くこともなく、淡々と話した。
武智「俺たちに隠してたのかよ」
吉谷「別に隠してはいねえよ。元気には言ってあったしな」
元気は状況を飲み込めていないようで、「何かあった?」と混乱している。
武智「んで、俺と1には秘密にしてたのか?」
武智がグイグイと突っ込んでいくので、俺は心配になった。
俺「おい武智、もういいって……」
吉谷「ああ、隠してたさ。だって、何て言えばいいんだよ?」
吉谷「1、お前の気持ちだって俺は知ってんのに」
吉谷「できるか!!」
吉谷が、大声をあげた。
あと一歩で、担任が部屋に来そうなくらい、大きな声だった。
吉谷「そんな簡単に、できるか!」
吉谷「俺だってどれだけ悩んだと思ってる」
吉谷がそう言い切って、部屋の中はしんとした。
吉谷「隠してたつもりはない。いつかは言おうと思ってた」
吉谷「そこは……悪かったって思ってる」
それだけ言うと、吉谷は布団に潜り込んでしまった。
それはそうだ。
吉谷だって悪気があったわけじゃないだろうし、悩んだはずだ。
でも、俺だってそんな簡単には割り切れなかった。
まったくと言っていいほど、集中できない。
何をする気も起きなかった。
武智も、元気も、吉谷も、みんな様子がおかしい。
仲の良かった俺たち4人の関係が、壊れかけていた。
いがみ合ったり、言い合ったりはしないが、
今までのような自然さや、気軽さがない。
それに、吉谷は目に見えて俺たちを避けているようだった。
元々諦めかけていた渚への想いだが、
それが完全に打ち砕かれた。
渚という俺の好きな人は、目の前から消えた。
むしろ、これで良かったのかもしれないが、
どうしようもない虚しさと、やりきれない悲しさだけが心に残った。
そんな、様々なしこりを残したまま、4日目は終わった。
俺たちを灼き頃しそうなほどの太陽が、カンカンに照っていた。
例のごとく、午後の休憩時間に担任が「お菓子の買い出し頼む~!」と呼びかけた。
武智もその場にいなかったので、俺は一人で名乗り出て、買い出しに行くことにした。
正直、もうあの神社に向かうつもりもなかったのだが、
俺は気づけばふらっとあの神社に立ち寄っていた。
神社へと向かっていった。
白い日光が広場を一杯にして、その中で小学生が駆け回っていた。
その様子に少しだけ嬉しくなって、俺は境内を目指した。
拝殿には、やっぱりヒロコが座っていて、ギターを弾いていた。
あ、いるじゃないか。
それは安心なのか、ときめきなのか、自分でも分からなかった。
俺「うん、なんか久しぶりだね」
ヒロコ「昨日も一昨日も来なかったから、もう来ないかと思ってた」
そう言うと、ヒロコは「ひひ」と笑った。
その表情は汗ばんでいて、少しだけ火照っていた。
俺「ごめんね。ちょっと大変だったんだ」
ヒロコ「もう、明後日には帰っちゃうんでしょ?」
俺「そうだね……」
そう呟くと、ツクツクボウシの声がどこからともなく聴こえた。
そう聞くとヒロコはニコッと笑った。
ヒロコ「うん、終わらない歌。この前弾いた時、すごく楽しくて」
ヒロコ「だから、完璧にしたいなって」
この前弾いた時。あの時は、楽しかったな。
そんなことを思ってしまった。
ヒロコ「いいね! でも、青空はまだ練習中だから~」
俺「そっかw」
ヒロコと話していると、自然と笑顔になっている自分がいることに気づいた。
どうしてだろうか?
ふと、ギターを弾くヒロコの二の腕あたりに、あざがあるのを見つけた。
ザ青春って感じだな
分かってても割り切れない
全力で言い合えるのも若さだよなぁ
しばらくヒロコは黙っていた。
俺「何かあったの?」
ヒロコ「ちょっと、殴られた。この前のあいつらに」
俺「え? マジで?」
ヒロコは黙って頷いた。
ヒロコ「これは別に大丈夫だけど、さすがにちょっと面倒くさいかな」
そう話すヒロコは笑顔をなくし、無表情だった。
俺「なんであんな奴らと一緒にいるんだよ?」
ヒロコ「本当はもう、一緒にいたくないよ。でも、ギターを貰ったし」
俺「ギターを?」
続きワクテカ
ヒロコ「だから、ギター欲しくても買えなくてさ」
ヒロコ「そしたらあいつらが、ギターを安く譲ってくれるって言うから」
淡々と、それでいて噛みしめるように語り続ける。
ヒロコは、あのMDウォークマンを取り出した。
ヒロコ「これで音楽聴いてるのも、パパが置いてったやつで」
ヒロコ「これしか、音楽聴くものないんだよ」
なぜMDウォークマンを使っているかも、ヒロコが古臭い音楽を聴いているかも。
俺「そっか。ブルーハーツもミッシェルも……そのMDがあったからってことか」
ヒロコ「そうそう。偶然それがあって、聴いたら大好きになった」
ヒロコは、またうっすらと笑みを浮かべた。
ヒロコ「ママは忙しくて家にあんまりいないから、そんな時これを聴いたら、励まされた」
ヒロコは「ううん」とかぶりを振った。
ヒロコ「あいつら、ああ見えても楽器するからさ」
ヒロコ「一緒にいたら、演奏してくれるかなって思ってた」
俺はなるほどな、と思った。
ヒロコは学校でもバンドが組めなくて、ずっと一緒にできる人を探していた。
あのヤンキーたちも、そうだったということだ。
俺「なに?」
ヒロコ「あいつらは、あたしから金を取ることしか考えてないし、一緒に音楽もやってくれない」
ヒロコ「あたしはただ、バンドがしたかった。ギターがしたかっただけなのに」
ヒロコ「もう、こんなの嫌だ……」
ヒロコは、目に涙を浮かべていた。
壊れそうだったものが、ついに音を立てて崩れた、そんな気がした。
ヒロコが人を寄せ付けない風貌をしているのも、煙草を吸って強がるのも、
全ては、自分の弱さを隠したかったからなのか?
許せないと思った。
俺「そんな奴ら、もう縁を切っちゃえよ」
ヒロコ「そんなことしたら、後で何されるか分かんないし……」
ヒロコ「あたし一人で抵抗するのは、怖い」
ヒロコ「来ると思うけど……」
俺「俺に考えがある。だから、今夜いつも通りここに来て」
俺一人じゃ無理だ。
あいつらの助けがいる……
すぐに席に座っていた武智、吉谷、元気を外に連れ出し事情を話す。
この前来たヒロコが、追い詰められていることを赤ネ果々に語った。
俺「だからさ、頼む。今夜、力を貸してくれないか?」
3人は、しばらく黙って見合っていた。
俺「こんなことにいきなり巻き込むのは本当に悪いけど……」
俺「お前らしかいないから」
すると、武智が口を開いた。
武智「タッパのある奴がいた方が相手もビビるだろうしな。俺は行くよ」
喜んだのも束の間、吉谷が口を開く。
吉谷「そんな得体の知れない連中に巻き込まれたくねえよ」
吉谷の目はいつになく真剣だった。
俺「吉谷、頼むよ。お前だってヒロコの事は一生懸命だって言ってたじゃねえか」
吉谷は首を横に振った。
吉谷「別にあの子は悪くないし、気持ちもわかる」
吉谷「でも、もしバレたらどうなる? ただ事じゃねえぞ、分かってんのか?」
吉谷「俺は勉強をしにここに来たワケで、ケンカをしに来たわけじゃない」
俺たちは勉強をしに来たんであって、そんな地元の中学生のいざこざに、
足を突っ込みに来たわけじゃない。
武智「お前、びびってんだろ? それにケンカになるって決まったわけじゃあるまいし」
吉谷「別になんでもいいよ。俺には関係のない話だ」
俺は諦められなかった。
自分でも勝手なことを言ってるのは分かっていたが、それでも。
俺「あの子はただギターが弾きたかっただけなんだよ」
俺「俺はその気持ちを、尊重してやりたいんだよ」
ここまで言っても吉谷は首を振って、「わり、分かんねえわ」としか言わなかった。
武智「1、もういいよほっとけ。俺らでどうにかしようぜ」
武智「俺らがいない間、先生へのごまかしと偽装工作を頼むわ」
元気「おう、分かった……」
吉谷は、無言で自分の席へと戻っていった。
俺と武智の二人で、ヒロコを守ることになる。
大丈夫だろうか?
けど、四人の関係性が…
見ててむずむずするぜ
空は藍色が燃え、不気味に日が沈みかけていた。
ヒロコを助けようと思って言い出したことだが、
やっぱりその時が迫ってくると、怖かった。
武智と二人で自転車置き場に向かうと、そこには吉谷の姿があった。
俺「お前、なんで?」
吉谷「相手は2人だろ? それなら、3人いた方がいいじゃねえか」
俺と武智は見合って笑ってしまった。
俺「俺が2ケツしてやるから、乗れよ」
3人で、あの神社を目指すことにした。
俺「でも、マジでケンカになったらどうしよう」
それを聞いて武智が笑った。
武智「もうここまで来たら、どうなってもいいじゃねえかw」
吉谷は黙っていたが、別にもう言葉なんていらないと思った。
一緒に来てくれた。
ただ、それだけが全てだと思った。
俺は一人じゃない、そう思えることが心強かった。
どうなったって大丈夫、こいつらがいるんだ。
この前の短髪と、赤髪の奴だ。
緊張と不安でバクバクと鳴る心臓を抑えつけ、
俺は正面きって言い放った。
俺「ヒロコ、来たぞ」
俺の声を聞いて、ヤンキー2人もこちらを睨みつけた。
短髪「なんだお前ら?」
俺「ヒロコがお前らに言いたいことがあるって言うから、来たんだよ」
するとヒロコは、何度も頷いた。
短髪「はあ? 意味が分からねえんだけど」
ヒロコ「もうあたしに一切関わらないで」
恐怖なのか、ヒロコの声は震えていた。
赤髪「言いたいことって、それぇ?」
赤髪「マジで、馬鹿か?」
赤髪の目つきが強張り、俺たちの方へと歩み寄ってきた。
赤髪「ヒロコと俺らは友達なんだよ? 分かるかぁ?」
赤髪「お前らが何か吹き込んだんだろ? あぁ?」
そう言うと、赤髪はまた不気味な笑みを浮かべた。
赤髪「意味分かんねえw あれはギター代だから」
赤髪「てめえこそ何も知らねえくせに調子乗んなよ?」
赤髪はそう言って、どんどん俺たちに近づいてくる。
俺「お前らと縁を切ることは、ヒロコの意志だ。もう関わるな」
たじろぎながらそう言うと、赤髪がこちらに飛びかかってきた。
赤髪は倒れ込んで咳き込むと、「ぐぅぅ!」とうめき声をあげた。
武智は「動くな!」と大声を出して赤髪を必4に押さえつける。
元々ラグビー部で、体格も良い武智がいて助かった。
すると短髪の方が勢い良く俺に近づいて、胸ぐらを掴んだ。
短髪「おい? どういうつもりなんだよ?」
俺は抵抗することもなく、「ヒロコにもう関わるな」と言った。
イケメン
激痛が走って、その場に沈み込んでしまう。
後ろに回り込んでいた吉谷が「てめえ!」と言って短髪を押し倒した。
痛みを堪えて起き上がり、すぐに吉谷を加勢する。
吉谷と短髪が倒れ込んでもみくちゃになっていたので、二人がかりで短髪を押さえつけた。
腹のみぞおちあたりが、すこぶる痛い。
どうやら、もろにもらってしまったらしい。
俺は必4に短髪の首根っこを押さえつけ、
「もう、ヒロコに関わるんじゃねえよ! こんな子いじめて何が楽しいんだよ!?」
と、体の底から叫んだ。
短髪はこの状況でもなお不敵な笑みを崩さず、
「じゃあ金だ。金さえ出したらもうほっといてやるよ……」
としゃがれた声でのたまうのだった。
俺がそう叫んだ瞬間だった。
ヒロコが短髪に近づいてきて、「ほらよ」と一万円札を差し出した。
短髪「あ?」
ヒロコ「もう、これで終わりにしてよ」
ヒロコ「言われた通りあげるから、もう関わらないで」
「最初から出せや」と悪態をついた。
俺たちが押さえていた手を緩めると、短髪は「離せクソ」と立ち上がった。
短髪「あー、もう来ねえよ。金さえパクれりゃこんな神社に用があるかよ」
短髪「もう二度と来るかっての」
赤髪も立ち上がり、「一生ギター遊びでもなんでもしてろ」と言い捨て、
ヤンキー2人はバイクにまたがり、けたたましい音と共に神社から去っていった。
バイクの音が遠ざかるまで、俺たちは黙ったままだった。
まさにこんな感じ、いいね~
武智がぶっきらぼうに「武智」と言った。
続いて、吉谷も苦笑いで「吉谷」とだけ言った。
ヒロコは小さく微笑んで、「武智と吉谷も、ありがとう」とお礼を言った。
ヒロコ「1は蹴られたけど、大丈夫……?」
俺「蹴られた瞬間はやばかったけど、今はなんともないよ」
そう答えると、ヒロコは「よかった、みんな怪我しなくて」と安堵の表情を浮かべた。
吉谷「そういう発想が、お坊ちゃんって感じだよな俺ら。情けない」
武智「別にいいだろww」
緊張が緩んで、次第に和やかな雰囲気になっていく。
良かった。とりあえず俺たちは、あのヤンキーに勝ったんだ。
俺「でも、1万円なんて大金、大丈夫だったの?」
ヒロコは黙ってかぶりを振った。
ヒロコ「でも……」
そう言うと、ヒロコはぽろぽろと涙を流した。
吉谷「え、ヒロコちゃんアンプ持ってなかったの?」
ヒロコ「ううん、持ってるけど、すごくボロボロだから」
ヒロコ「あたし、バンドしたかった。本当に、ただそれだけだった」
ヒロコは鼻をすすって泣き始めた。
ヒロコ「そこで演奏したくて、あたし勝手に申し込んでたの」
それを聞いて俺たちは顔を見合わせた。
俺「え? 夏祭りって、ふもとの夏祭りだよね?」
ヒロコは目に涙を浮かべたまま、「そうだよ」と答えた。
俺たちが担任に「遊びに行ってもいい」と言われていたお祭りのことだ。
無論、俺たちはみんな行く気でいた。
そこで、ステージがあったなんて。
ヒロコ「全然ダメだった」
ヒロコ「もう、諦めるしかないかな……」
涙を腕でこすり、ヒロコは俯いた。
この前何か揉めていたのも、きっとこの夏祭りのステージのことだったんだ。
ヒロコは本当にステージに立って演奏がしたくて、それで……
吉谷は黙って頷いた。
俺「ヒロコ、ステージに立ちたいか?」
ヒロコ「え、どういうこと?」
俺「バンド組もうぜ、俺たちで。一夜限りのバンド」
瞬間、ヒロコの顔に光が溢れ、笑顔が咲いた。
ヒロコ「え、うそ!? いいの?!」
吉谷は、「ドラムがいないのがちと難点だなw」と苦笑いした。
ヒロコは興奮を抑えきれないでようで、何度も頷いてみせた。
ヒロコ「いいよそれ! 最高! 最高のバンドじゃん!!」
目に涙を溜めたまま、思い切り笑顔になった。
俺「だろ? 俺もそう思うw」
武智「俺、エアドラムで入っちゃダメか?」
吉谷「それはいらねえだろww」
すると、ヒロコが何か言いたげにこちらを見た。
俺「何かあるの?」
ヒロコ「『THE SUMMER HEARTS』ってどうかな…?」
吉谷「お、いいねぇ」
俺「俺たちっぽくていいと思う!」
ヒロコは歯を見せてキラキラと笑い、「やったぁ、これでいこ!」とはしゃいだ。
武智のやつが後ろの方で、
「かー! サマーハーツ最高だねぇ~!」などと騒いでいたw
サマーハーツ、いいじゃん
ヒロコ「集合は、確か夜の6時だったと思う」
吉谷「それなら、すぐに戻って練習だな!」
そうして俺たちは、ヒロコを連れてそのまま宿に向かうことにした。
明日の夏祭りのステージに向けて、動き出した。
武智「見てきたけど、もうあっちで勉強会始まってるわ」
俺「元気は、上手くごまかしてくれたのかな?」
吉谷「俺たちは一旦部屋に戻るから、元気呼んできて」
そう言うと、武智は「ほいさ」と言って勉強小屋へと向かっていった。
俺とヒロコと吉谷はバレないように部屋へと急いだ。
吉谷「ステージって、何曲できるんだ?」
ヒロコ「多分、一曲だと思う」
吉谷「それなら、曲目は『終わらない歌』でいいよな? 簡単だし」
俺「いいと思う。それを完璧にしよう」
ヒロコも同調して頷いた。
吉谷「ドラムがいないっていうのは厳しいけど、俺がヒロコちゃんのギターに合わせるから」
吉谷「失敗してもいいし、この前みたいに思いっきりやろうせ」
ヒロコは「うん!」と元気よく返事をした。
俺「任せろって。カラオケで何万回歌ったと思ってるw」
調子に乗ってそう言うと、吉谷もヒロコも笑みを見せた。
吉谷「じゃあアンプもないけど、一回BGMナシで合わせてみよう」
そして、俺とヒロコと吉谷の三人の練習が始まった。
武智が、「だめだめ! 委員長はもういいよ!」などと言っていたが、
元気と一緒に委員長も部屋に入ってきてしまった。
委員長「え、アンタたちお腹壊して寝込んでるんじゃなかったの?」
俺「あ……」
吉谷「……」
吉谷も俺も、言葉をなくしてしまった。
委員長「心配だから私が見に来たの」
そう言うと、委員長はヒロコをまじまじと眺めた。
委員長「で……この子誰?」
ヒロコは、委員長に対しても律儀に頭を下げた。
仕方がないので、俺たちは委員長にもこれまでの経緯を洗いざらい教えることにした。
俺「話せば長くなるんだけど……」
俺も吉谷も「まあ……」ときまりの悪い様子で返事をするw
武智「演奏じゃねえ、ライブだぞ」
委員長「そんなのどっちでもいいよ」
委員長に一喝されて、武智は変な顔をしていたw
委員長は、ヒロコに優しい視線を向け、「そんなに出たかったの」と質問した。
するとヒロコは「もちろんです!」と答えた。
委員長には、なぜだか敬語だった。
委員長は額に手を当て、がっくりとうなだれた。
俺「ごめん、委員長」
委員長「いいけど、今だって先生止めて私が代わりに来たんだからね」
委員長「正直、かなり危なかったよ」
そう言われて、ぐうの音も出ない俺たち。
その発言に、俺たちは呆気にとられた。
吉谷「え? なんて?」
委員長「せっかくここに来たんだから、聴きたいじゃんw」
武智は「マジかwwww」と笑っていた。
意外だったが、さすが委員長だと思えた。
「じゃあいくよ」と始めようとすると、「待って」と止められた。
委員長「やっぱり、明日の楽しみにしとく」
そう言うと委員長はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
俺「マジで? 来てくれるの」
委員長「そんな面白そうなの、見に行くに決まってんじゃんw」
委員長「クラスの皆にも、先生にバレないように水面下で広めとくから」
吉谷「委員長、本当にありがとう」
吉谷がそう言うと、委員長は「別に」と首を振った。
委員長「みんな、楽しそうで良かったよ」
もしかしたら俺と吉谷のことだったのかもしれない。
「THE SUMMER HEARTS」を組んでステージに立つことが決まってから、
俺と吉谷はすっかり自然体に戻っている気がした。
委員長「夜の勉強時間が終わるまでは、ここで練習するんでしょ?」
俺「まあ、そうだね」
委員長「先生は、戻ったらまた私と元気君でごまかしとくから」
委員長「あんまり遅くならないようにね」
武智が「じゃあな~」と見送ろうとすると、
「アンタも行くの!」と委員長に引っ張って行かれたw
武智は、「俺も混ざりたかったぁ~」などと喚きながら拉致されていった。
3人になった俺たちは、すぐに練習を再開した。
本番は明日。
「とにかくミスってもいいから、思い切りやろうぜ」
それが合言葉だった。
俺も学生時代の学祭ライブ思い出したわ…
あと関係ないけど、武智と委員長好き
この日も太陽は絶好調で、容赦のない暑さでいっぱいだった。
俺たち「THE SUMMER HEARTS」が今夜の夏祭りでステージに上がることは、
ひっそりとクラス内に広まりつつあった。
顔を合わせると色んな人に「頑張ってな!」と声をかけられた。
きっと、委員長のおかげだ。
敷地の入口でヒロコを迎え入れると、ヒロコの髪が黒に染まっていた。
俺「髪、黒くしたんだ」
ヒロコ「うん、ステージに立つし。…どうかな?」
ヒロコは落ち着かない様子で、照れているようだった。
それがまた可愛らしくて、俺は「よく似合ってるよ」と言った。
ヒロコは「ひひっ」とはにかんで、「ありがと」と呟いた。
すると、見計らったかのように委員長と渚が部屋へとやって来た。
なんだかばつが悪く、俺は渚を直視することができなかった。
俺「何か用? 先生にバレた?」
委員長「いや、違うよ。今から少し練習するんでしょ?」
委員長「先生の方は、私の方でごまかしてるから」
俺「それはありがとう、助かるよ」
委員長は、ヒロコをまじまじと眺めた。
委員長「あんたらの恰好はそれでも制服でもなんでもいいけど……」
委員長「ヒロコちゃんはそのまま?」
委員長はヒロコを指差した。
ヒロコの服装はTシャツにショート肌着という味気ないもので、
確かにライブでステージに上がるには向いていないように見えた。
委員長「夏祭りなんだし、浴衣でも着ればいいのに」
委員長「浴衣とか、ないの?」
そう質問すると、ヒロコは首を横に振った。
すると、委員長の後ろから渚が声を出した。
渚「それなら、私の浴衣着てみる? きっと着られると思う」
確かに渚とヒロコの背丈は似たようなものだった。
その提案に、俺も委員長も「いいね!」と賛同した。
吉谷だけが若干苦い顔をしていたが、渋々賛成してくれたw
(多分、自分の彼女の浴衣姿が見たかったんだろう…)
渚「うん、早く着替えちゃお」
言われるまま、ヒロコは二人に背中を押されて部屋へと連れて行かれてしまったw
ヒロコは戸惑いながらも嬉しそうで、委員長にライブのことを話して良かったなと思った。
俺「浴衣、よかったの?」
吉谷「アイツが貸すって言うなら、それでいいよ」
吉谷「それに、やっぱりライブに衣装は必要だろ」
吉谷はほんの少しだけ笑みを浮かべて、ベースの練習を再開した。
それを聞いて安心し、俺も歌詞の確認を始めた。
ヒロコは、鮮やかな青色の浴衣を身にまとい、髪を後ろで結っていた。
はっきり言って、とても綺麗だ。
渚「サイズがちょうどで良かった」
委員長「ね、よく似合うでしょ。下駄とかは、向こうで履き替えればいいから」
委員長は嬉しそうに下駄の入った袋をヒロコに手渡した。
ヒロコははにかみながら、恐る恐るこちらを見た。
吉谷も「いいね」と笑顔で頷いている。
ヒロコはぱあっと明るい笑顔になり、「ありがとう」と遠慮がちに言った。
ヒロコは嬉しさを抑えきれないようで、「夢みたい!」と呟いて浴衣を愛おしそうに眺めた。
その笑顔はまるでプリズムのように瞬き、キラキラと光を放った。
これで、衣装はバッチリだ。
委員長「そうだ、そろそろ戻らないとさすがに……」
委員長がそう言ったのと同時に、吉谷が「やべえ!」と声をあげた。
吉谷「出演者の集合時間って6時だよな? あと30分くらいしかねえぞ」
俺「え、マジで!?」
ふもとの町までは、自転車で飛ばしてギリギリで30分くらいだ。
今すぐ行かないと、間に合わない。
本当ならバスで行くつもりだったので、何の準備もしていなかった。
委員長「じゃあ私たちは戻るから、またあとでね!」
俺「ああ、みんなによろしくね」
委員長と渚を見送り、俺たちは自転車置き場を目指した。
俺「バスの時間、ちゃんと考えとくんだった」
吉谷「まあ、色々あったししょうがねえ」
自転車にまたがり、ギターを背負ったヒロコを後ろの荷台に促した。
ヒロコは荷台を指差して「ここ?」と首を傾げた。
ライブの瞬間が楽しみ
ひと夏の恋って感じでたまらん!
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