恋人
1: 200/18:23:30 ID:hhO
冴木 梓が死んだ。
朝のホームルームで告げられたそれに、驚く人、泣き出す人、呆然とする人、いろんな奴がいた。

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2: 200/18:23:48 ID:hhO

「嘘ですよね?」
質問というよりは懇願とでもいうように、学級委員が声を出す。

もちろん帰ってきた言葉は否定の言葉で、車に轢かれただけで人は死んでしまう、俺たちはそういった彼女の死という揺るぎない事実をつきつけられた。
3: 200/18:24:13 ID:hhO
そんななかで俺は言葉にできない気持ち悪さに襲われていた。

何か大切なものを失ってしまったような気がする。そんな感覚だけがあった。
4: 200/18:24:26 ID:hhO

これから始まるのは俺と彼女の話だ。
一つ断っておくなら、この話にはきっとハッピーエンドは訪れないと思う。

だってそうだろ?
死んでしまった人に恋をしたやつに、ハッピーエンドなんてあるわけがないんだ。
5: 200/18:24:45 ID:hhO



冴木 梓の死を告げられてから三日、俺たちは微妙な空気の中、一応はいつも通りの生活を送っていた。
だけど、そんな俺の日常を壊す一手は、いとも簡単に投じられたんだ。
6: 200/18:25:04 ID:hhO

家に届いた手紙の中に、冴木 梓の文字を見つけた時は愕然としたよ。

なぜ彼女から俺の元に手紙が届いたのか?
わけがわからなかった。

だけどそんなことはどうでもよかったんだ。
いや、どうでもいいってわけではないんだけど、それでもこれから起こることに比べたら些細なことだった。
7: 200/18:26:27 ID:hhO

「お届け物です」
その声を聞いて俺はドアを開けた。
宅配便を受け取って、宅配便のお兄さんが帰って行った。

そうしてドアを閉めようとした時だ。
お兄さんで隠れていたあるものが目に映った。

俺の目が正しければ、『それ』をお兄さんはすり抜けていったはずなんだ。
比喩とかじゃないよ、文字通りぶつかったのにすり抜けた。
8: 200/18:26:44 ID:hhO

まあ、正直俺の目が正しいとは思えないな、だって『それ』を見て俺は目を疑った。
そして心臓が止まるかと思ったよ。

そこにいたのは冴木 梓だった。
9: 200/18:27:22 ID:hhO
「なん……で」
死んだはずの冴木が目の前にいる。
到底信じがたい事実に、俺はそれしか言えなかった。

「わ、私のこと、見えるの!?」
冴木が少し不思議そうな顔をした後、急に合点がいったように叫んだ。

「見えるって……何言って……」

「だって、ほら!」

そう言うと冴木は門を出て道路に飛び出した。
10: 200/18:27:43 ID:hhO

冴木が通行人の目の前に立った時、さっきと同じ現象が、今度はっきり、疑いようもないくらいはっきりと起こってしまった。

これはもう、さっき疑った自分の目に謝るしかないだろうな。

通行人は冴木をすり抜けると、ずっと見ていた俺の方を怪訝な顔をして見ながら、歩いて行った。
11: 200/18:28:37 ID:hhO

「ね!」とでも言うような顔をしながら、妙にニコニコして冴木が戻ってきた。

「どういうことだよ……これ」
「さあ? 私、死んじゃったみたい」

「それは知ってるけど…… その身体……幽霊?」

「みたいだねー」

「みたいだねって、そんな、他人事な」

冴木はあまりにもあっけらかんとしていて、死を実感するにはあまりにも悲壮感が足りなかった。
13: 200/18:29:03 ID:hhO

「だって、覚えてないんだもん」
「覚えてない?」
「うん、気づいたらこうなってた」

「最後の記憶は?」

「ねー、もうやめようよ、尋問みたい」

冴木はそう口を尖らせると、俺を押しのけて家の中に入っていった。
14: 200/18:29:42 ID:hhO

「それでさ、君、柚木…… 凛くん? だよね?」
家に入りこんだ冴木をとりあえず俺の部屋に案内すると、彼女はベッドに腰掛けてそう口にした。

「覚えてないの?」
冴木は俺のことを一切記憶にないとでも言うよな目で見ていた。
15: 200/18:30:43 ID:hhO
「え、ああ、うん。ごめん」
「記憶喪失ってこと?」

「違うよ、君だけ覚えてないの」

「俺だけ?」
それは少し傷つくな。一応一ヶ月くらい前からクラスメイトなんだけど……

「うん、君だけ」
「俺って存在感ない感じ?」

「違うよ、そういう意味じゃなくて、ホントに覚えてないの。君だけすっぽり記憶から抜け落ちたみたいにさ」

そんなことがありえるんだろうか?
幽霊が目の前にいるのに今更か……
16: 200/18:31:30 ID:hhO

「だったら、なんで俺の家知ってるの?」

「死んじゃってからね、自分の家に行ってみたの。そしたらクラスの集合写真が貼ってあって、それを見ても君だけ覚えてないの。それがなんとなく気になって、学校から君のあとつけてきたんだ」
17: 200/18:32:01 ID:hhO
「気になった?」

「うん、幽霊になると、死んだ理由を忘れちゃう人って結構多いらしいんだ。現に私も覚えてないし…… それで私は君のことだけ覚えてなかった。これってつまりさ……」

「俺が死の理由だと?」

「かもしれない」

まさか……

「俺が殺したなんていうわけ?」

そんなわけがない。
18: 200/18:32:20 ID:hhO

「そういうわけじゃないよ。君がそんなことしないのは見ればわかる」

「そもそも、なんで死の理由を忘れちゃうとか知ってるの?」

「先輩に聞いた」

「先輩?」

散々超常的な話をしといて、急にこの現実的な言葉はなんなんだ?
先輩に聞いていいのは恋愛相談とかそれくらいだろ。なんだ、幽霊の相談って。
19: 200/18:32:54 ID:hhO
「そう、幽霊の先輩。この街で死んだ人ってよく幽霊になるらしいよ。みんな結構簡単に成仏するらしいけど。その人も誰かに何かを教えるのが未練だったらしくて、私にそのこと教えて成仏しちゃったし」

話の筋は通ってる。
そもそも目の前で幽霊であることを半分証明されてるわけだから、今更疑う必要もないんだけどさ。

とにかく疑うのはもう疲れた。
さっきからクエスチョンマークを使いすぎたし、これで一旦やめにしよう。
20: 200/18:33:21 ID:hhO

「それで、冴木は成仏したいの?」

「わかんない。そうするべきかなとも思ってるんだけど…… 独りでつまんないし。でも、とりあえず自分が死んだ理由を知りたいかな。知らないままだとなんか気持ち悪いし」

その言葉を聞いて俺は決断をするしかなくなった。さっきからすごい悩んでて、できればしたくなかった決断を。
21: 200/18:33:37 ID:hhO

「そっか。……ごめん、さっきから質問ばっかりして…… 少し当たりキツかったかもしれない」

「しょうがないよ、急に幽霊だなんて、わけわかんないだろうし」

冴木はそう笑ってくれたけど、それだけじゃないんだ。むしろ謝りたいのこれからの方。
彼女にできれば見せたくないアレの方だ。
22: 200/18:34:04 ID:hhO

そんなに見せたくないなら見せなきゃいいなんて思うかもしれないけど、そういうわけにはいかない。どうもこれは俺一人で抱えられそうもないんだ。
そこにちょうどなんて言い方は良くないかもしれないけど、とにかく冴木が現れてくれたわけだ、もう見せるしかないだろ?

「それだけじゃないんだ。……これを見て欲しい」

そう言って俺は机の上に手紙を置いた。

そう、これは冴木 梓からの手紙。
彼女が死ぬ前に書いたであろう手紙だ。
23: 200/18:34:27 ID:hhO


柚木くんへ

突然ごめんなさい。急に手紙なんて驚いた? 死人からの手紙とか気持ち悪いかな?
実は柚木くんにお願いがあるんだ。
もしかしたら迷惑かもしれないんだけど、これは柚木くんにしかできないことなんだ。
だからお願いがあります。
24: 200/18:34:48 ID:hhO
私がなんで自殺したか、その謎を解いてください。

こんなこと頼んで本当にごめんなさい。
すごい勝手だけど、それでも柚木くんならやってくれるんじゃないかなって思ってます。

それじゃあ、とにかくよろしくお願いします。

冴木 梓
25: 200/18:35:11 ID:hhO


冴木の顔が歪んでいるのがわかった。
そりゃあこうなるだろうな。
自分が自殺したって宣告されてるんだ。
だから、できれば見せたくなかったんだ。

「……なに、これ?」
やっとの思いで絞り出したかのように冴木は声を出した。

「わからない。さっき届いたんだ、それが」
これが何かなんて俺が聞きたいくらいだ。
冴木が自殺した? まさか?
なんで、俺にこれが届いたのか?
本当、わからないことだらけだ。
26: 200/18:36:19 ID:hhO
「ちょっと待って……」と言って冴木は黙り込んでしまった。
仕方のないことだ。そして冴木をこんな状態にしたのは俺だ。俺には待つ責任がある。

「ごめん、ちょっとびっくりしちゃって……」

「仕方ないよ。ごめん、やっぱり見せないほうが……」

「違うよ! 知りたいって言ったのは私だから…… 君は悪くない」

なんで俺が励まされてるんだ……
本当は逆だろ。俺はなんで気の利いた言葉の一つも言えないんだ……
27: 200/18:36:36 ID:hhO

「これ、もう一枚あるけど、見たの?」

「いや、見る前に宅配便が来たから」

「見てもいい?」

拒否する理由なんてなかった。
あったとしても俺にはできない。
29: 200/18:37:07 ID:hhO



ごめん、肝心なこと書き忘れてたね。
これから柚木くんには三つのミッションに挑戦してもらいます。
それをクリアしていけば、私の死の真相にたどりつけると思います。
それじゃあさっそく一つ目のミッションだよ。

駅前のスイーツバイキングのお店に一人で行ってケーキを食べる。
以上。
じゃあ頑張ってね。
31: 200/18:37:57 ID:hhO


「なんなんだよ、これ……」
思わず声に出してしまった。

なんというか意味がわからなかった。
そもそもミッションってなんなんだと、仮にそれを理解したとして、ミッションってもっと……なんていうか、あれだろ? なんだよスイーツバイキングって、全然ミッションじゃないだろ。

わけがわからない。

そしてそれは冴木も同じなようだった。
33: 200/18:39:00 ID:hhO

「なに考えてたんだろうね、私…… こんなゲームみたいなことのために、そのために死んだのかな?」

冴木は笑いながらそう言ったけど、そこには哀しみが隠れているように見えた。
34: 200/18:39:49 ID:hhO

冴木は笑いながらそう言ったけど、そこには哀しみが隠れているように見えた。

「たださ、それでもやっぱり知りたいんだよね、私が死を選んだ理由。だから、私からもお願いします。私が死んだ理由を一緒に探してください」

いやだ。
なんて言えるわけがなかった。
あんな顔で、目で見られていやだなんて言えるはずがない。

そうして俺は冴木の死の謎に踏み込むことを選んだ。
35: 200/18:40:29 ID:hhO



恥、とはなんだろうか?

世の人に対し面目を失うこと。
辞書さんの答えはこれらしい。

恥ずべき事柄を恥ずかしいと思う人間らしい心。
こんなのもあった。
こっちはなんか哲学っぽい。

ただ、俺のとは少し違う。
俺が考える恥はこうだ。
36: 200/18:40:44 ID:hhO

休日に男子高校生が一人でスイーツバイキングにケーキを食べに来る。

これは見事に恥を言い表してると思わない?

そういうわけでいま俺は恥をかいている。
37: 200/18:41:10 ID:hhO

昨日冴木の幽霊が現れて、俺はそいつと一緒に冴木の死の謎を探ることになった。

そこまではいい。なんだこれ?
なんで俺は一人でケーキを食べてるんだ?

何名かと聞かれて、一人と応えた時の店員のあの引きつった顔はしばらく忘れられそうにない。
38: 200/18:41:32 ID:hhO

何より一番癪なのは、目の前で冴木が笑いを必死にこらえようとしていることだ。
しかも全然こらえられてない。
他の人に見えないのをいいことに、笑いっぱなしだ。
ていうかなんで見えないんだよ。せめて冴木が他の人にも見えていてくれれば、こんな思いもしなかったのに。
それにしても、昨日までのシュンとした感じはどこにいったんだろうか?
39: 200/18:42:00 ID:hhO

「そろそろ笑い止んでくれないかな?」
周りに気付かれないように、小さな声で俺は抗議した。

「いやー、ごめんごめん、ほら、あまりにもあれだったから」

あれってなんだよ。という言葉は飲み込んだ。
40: 200/18:42:17 ID:hhO

「そういえば、君と私って前に話したこととかあったの?」
少ししてやっと笑いが収まったのか、冴木がそう聞いてきた。

冴木と話したこと、あるといえばある。
だけどあんまり思い出したい記憶ではないし、あんまり話したくもなかった。
俺は思ったことをそのまま話した。

冴木は少し聞きたそうにしてたけど、それ以上踏み込んでくることはなかった。
41: 200/18:42:50 ID:hhO


「あの、柚木さんですよね?」
入店から三十分くらいした頃、店員の女性が話しかけてきた。

これは、逆ナン?
恥をかいてまで来た甲斐があった?
なんてくだらないことを一瞬考えたんだけど、そんな必要は一切なかった。
42: 200/18:43:18 ID:hhO
「それ、柚木っていう男の子が一人で来たら渡してくれって頼まれまして。ケーキをすごい美味しそうに食べるいい子でしたけど…… とりあえず渡しましたので、それじゃあ」
そう言って店員は戻っていった。

「なるほど、これでミッションクリアってことかー、私、結構上手いこと考えるね」
冴木がどこか感心したように笑う。

まあ、でもこれでこの恥ずかしいミッションも終わるのか。
そう思って手紙を開いた。
43: 200/18:43:44 ID:hhO

『柚木くんお疲れ様。ケーキ、美味しかった?一人で頑張った君にご褒美があります。ここの近くのクレープ屋さんで激辛ハバネロクレープを注文してみてください。おごってあげます』
44: 200/18:43:56 ID:hhO

どうやら俺はまだ気苦労を背負わされるらしい。
なんだよ、ハバネロクレープって。
二つの言葉に齟齬がありすぎるだろ。
そもそもどうやっておごるんだ?

冴木はどこか申し訳なさそうに、しかしそれでまた面白そうに半笑いを浮かべていた。
46: 200/18:44:13 ID:hhO



「はい、激辛ハバネロクレープ」
渡されたのは、おぞましいほどの赤を赤で包んだような劇物だった。
しかも二つ。
目の前の綺麗な女性が作ったとは思えない代物だ。
47: 200/18:44:49 ID:hhO

「なんで二つなんですか? それにお代」
激辛ハバネロクレープを注文すると、個数も言ってないのに、二つ代金も払わずに出てきた。

「もう、もらってるから梓ちゃんに。このメニュー知ってるってことは、あんた梓ちゃんの言ってた子でしょ? 彼氏かなんか? 大事にしなきゃダメだよ、あんないい子。この前もさ、あそこで転んだおばあさんがいたんだけど、助けてあげてて、ホントいい子だよねー」

どうやら冴木から事前に話が通っていたらしく、この劇物は無料で俺に届けられたらしい。

これ以上いろいろ聞かれる前に立ち去ろうとすると、また手紙のようなものを渡された。
48: 200/18:45:16 ID:hhO



「大丈夫? つらい? からい? あ、ちょっと今の面白かったね、うん」

辛さで悲鳴をあげながらクレープを食べる俺に、冴木は半分心配そうに半分面白そうに声をかけてきた。
やっとの思いで一つ完食したが、まだ一つあると思うと本当に気が滅入った。
49: 200/18:45:40 ID:hhO

「心配するのか笑うのかどっちかにして欲しいんだけど。ていうか頼むから食べてくれよ一緒に」

「それは無理だよ。私、死んじゃってるし。触れられないし、食べれない。当たり前でしょ?」

俺はまた余計なことを言ってしまった。
寂しそうに話す彼女に俺は何も言えなかった。

その寂しさを忘れるように、俺は激辛クレープを口に入れた。
50: 200/18:46:04 ID:hhO



はぁぁぁー
と大きく息を吐いて、やっとクレープを完食した実感が湧いた。
誰か褒めて欲しい。なんて思っていると冴木が「お疲れー」と笑いかけてきた。
複雑な気分だ。

「でも別に食べる必要なかったよね? ほら、もう手紙もらってるんだしさ」

それは言っちゃダメだろ。俺も思ったけどさ。
それに食べないとなんか、
「負けた気がするから嫌だ」

「負けたって、私に?」

今の冴木ではないけどとりあえず頷く。
51: 200/18:46:27 ID:hhO
「バカだなー」
冴木がどこか嬉しそうに笑った。

「いやー、完敗です。参りました、柚木様」

「なんか、勝った気がしない」
むしろ負けた気分だ。

「まあ、いいじゃん。それより早くみようよ、次の手紙」

なんだか釈然としなかったが、言われた通り次の手紙を開いた。
52: 200/18:46:42 ID:hhO


一つ目のミッションクリアおめでとう。ハバネロクレープおいしかったかな? 面白い味だったでしょ?
それじゃあ二つ目のミッションです。
学校の近くに公園あるでしょ?
あそこでたまごを探せ。
以上。
じゃ、またね。
53: 200/18:47:07 ID:hhO



たまご。
思い当たる節はあった。
というより冴木にたまごと言われればそれしか思いつかない。
以前冴木と話した時に聞いたあれ、多分たまごはそれをさすんだろう。

だとして、それは公園にあるものなのだろうか?
目の前の冴木に聞く手もあったが、さっきあんまり話したくないと言った以上、聞くのも少しおかしい気がした。

結局いくら考えてもわからなかったので、とりあえず公園に向かうことにした。
54: 200/18:47:24 ID:hhO



ゴールデンウィークだというのに、公園には男の子が一人しかいなかった。

そしてその男の子、どうやら冴木の知り合いらしい。
一人で遊んでいる男の子に冴木は必死に話しかけていた。

もちろん言葉が届くはずもなく、しばらくすると冴木はシュンとして、俺が座るベンチに戻ってきた。
55: 200/18:47:45 ID:hhO

「何これー?」
戻ってきた冴木は、今度は俺がベンチに置いたたまごの形をしたカプセルご執心らしい。

「お前が遊んでる間に見つけたんだよ。そこら中に隠されてた」

「じゃあ、これがたまごってこと?」
それだったらよかったんだけどな……
そう思いながら俺はカプセルを一つ開けて見せた。
56: 200/18:48:07 ID:hhO

『はずれ~』
中にはウサギの絵と一緒にそう書いてある。
ニタニタ笑う冴木の顔が想像できるね。ホント、いい性格してるよ。

「じゃあ、これじゃないの?」
自分でやったくせに他人事のように冴木が尋ねた。
「そうみたいだな。もうほとんどの場所を探したし」
「じゃあたまごってなんなのかな?」
「こっちが聞きたいよ」
58: 200/18:48:53 ID:hhO

「ハンプティ・ダンプティ」
「え?」と思わず聞き返してしまった。
「ハンプティ・ダンプティってあるよね? あれじゃない? あれもたまごじゃん」

ハンプティ・ダンプティ、確かにたまごだ。
そして前に冴木と話した時に出てきた言葉でもある。
いまの冴木の口からこの言葉が出るとは思わなかった。
覚えてないと思ってたけど、考えたら覚えてないのは俺との会話だけで、ハンプティ・ダンプティ自体は覚えているのか。
59: 200/18:49:24 ID:hhO

「だけど、ハンプティ・ダンプティをどうやって探すんだ?」
「さあ?」
またも他人事のように冴木は答えた。

手詰まりか。そう思ったとき、横から声が聞こえた。
60: 200/18:49:39 ID:hhO
「あの、冴木さんのお友達ですよね?」
横にいたのはスーツ姿の二十代後半くらいの男性だった。

「え、ああ、はい」

誰? としか言いようがない。
本当、誰だよ。
61: 200/18:50:20 ID:hhO

「あ! 磯崎さんだー」
こんにちは、みたいなポーズを冴木がとった。

「え、磯崎?」
思わず声に出してしまった。
これはまずい、とすぐに気がついたが、すでに磯崎さんは不思議そうな顔で俺を見ていた。

「ああ、冴木さんに聞いてたんですね、私の名前。それならよかった、これ、どうぞ」
磯崎さんは勝手に勘違いしてくれたようで、ここ何回かですっかり見慣れた、手紙のようなものを渡してきた。
62: 200/18:50:49 ID:hhO
「あれ、これ、冴木の?」
「はい、冴木さんが隠してたたまごを、見つけてる男の子がいたら渡してくれって、私ここによく来るもんですから」

なるほど、とそう思ったが全て納得したわけではない。
「あの、冴木とはどういう?」

「あそこの男の子」
磯崎さんはそう言って、さっきの男の子を指差した。
63: 200/18:51:08 ID:hhO

「泣いてたんですよ、あの子が。一ヶ月くらい前ですかね。なにがあったのかはわかりませんけど。多分、子供の事情ってやつですね。私たち大人には口を挟めないやつ」

子供の社会とでもいうやつだろうか。
たしかに、そういうものはあるんだろう。
俺たち高校生には高校生のルールがあるように、きっと小学生にも小学生のルールが。
64: 200/18:51:40 ID:hhO
「それで、私も声をかけたほうがいいかなとは思ったんですけど、ほら、こういうのってデリケートな問題じゃないですか。さっき言ったように子供には子供の社会がありますから。それで戸惑ってたんですけど、そこに冴木さんが現れて、あの子に声をかけたんですよ、迷わずにね」

ふと冴木の方を向くと、冴木が頷いてきた。
どうやら本当の話らしい。
まあ、疑う理由もないんだけど。
65: 200/18:52:24 ID:hhO
「それですごい子だなと思いましたね。でもね、もっとすごいなと思ったのは、彼女はあの子が抱えてる問題には触れなかったんですよ。彼女はわかってたんですね、それは私たちが踏み込んじゃいけない問題だって。彼女は子供の事情ってやつを尊重してたんです。聡明な子ですよね」

聡明。たしかに冴木によく似合う言葉だ。
普段ふざけてても、冴木に根幹にあるのはそれなんだろう。
66: 200/18:52:58 ID:hhO
「そして彼女が選んだのはヒーローのなり方、それを教えることでした」

「ヒーロー?」
見知った言葉に俺は声を出していた。

ヒーロー、
かつて俺が冴木に無責任にはいた言葉。
気休めの嘘。
一度だけ、俺の人生で唯一俺がヒーロになりたいと思った瞬間。
あのときの冴木の顔が頭にフラッシュバックした。
67: 200/18:53:30 ID:hhO

「そう、ヒーローです。自分がヒーローになってあの子を助けるんじゃない、あの子がヒーローになれるように背中を押してあげる、そうやって彼女はあの子と仲良くなったんです。そして私はそれを見ていた」

磯崎さんがふぅと息をついた。
「こんなとこですかね、長い話ですみませんでした」

「いや、ありがとうございます」

ヒーロー、その言葉に俺は少し動揺していた。
68: 200/18:53:52 ID:hhO

冴木は「それで、磯崎さんとも仲良くなったんだよね! と俺にしか届かない言葉を発した。

「おじさーん!」
話が終わると、ちょうどこちらに気づいたのか、あの男の子がこちらに向かってきていた。
69: 200/18:54:19 ID:hhO

「おじさん、梓姉ちゃん、こんどはいつ来てくれるかな?」
少年の無邪気な言葉に、さっきまで笑っていた冴木は凍りついた。

「さあ? 君が頑張ってたら来てくれるんじゃないかな、きっと」
磯崎さんだけが平然とそう応えた。

「そっか、じゃあ、おれがんばるよ」
そう言って少年は「バイバイ」と帰って行った。
70: 200/18:54:43 ID:hhO
「じゃあ、私もここら辺で。冴木さんによろしく言っといてください」
そうして磯崎さんも帰って行った。

途中から冴木が涙を流していたのはわかってたんだ。
わかってたけど、俺にはなにもできなかった。
その涙を拭ってあげたかった。
だけど俺の手は空を切るだけで、冴木に触れることすら叶わない。
71: 200/18:54:57 ID:hhO
「……なんで、……なんで私自殺なんかしたのかな?」
冴木の悲痛な叫びが響く。
それを聞けるのは俺だけなのに、それなのに俺は……

二人が帰って、後には俺と冴木と哀しみだけが残されていた。
72: 200/18:55:21 ID:hhO



二つ目のミッションクリアおめでとう。
次が最後のミッションだね。
私は柚木くんなら大丈夫だって信じてるよ。
それじゃあラストミッションです。
学校の図書室行って。
そして私を思い出して。
全ての答えがそこにあるから。
じゃあ、またね。
73: 200/18:55:39 ID:hhO


手紙にはそう書いてあった。
意味は痛いほどわかった。
図書室、俺と冴木が唯一繋がった場所。
覚悟を決めなきゃいけないことはわかってる。
74: 200/18:56:01 ID:hhO
ただそれでも、いま目の前で泣いている冴木を見ると、無力感が襲ってくるんだ。
俺にはなにもできないんじゃないかって、弱い自分がそう囁くんだ。

それでも行かなきゃいけないってわかってる。
明日、決着をつけよう。
75: 200/18:56:31 ID:hhO



「さっきはごめんね、泣いちゃったりして」
帰り道、冴木は目を腫らしていた。
「ほんっと、なんで、私、自殺なんかしたのかな。世界は、こんなに楽しいのに」
無理して笑う冴木は見てられなかった。
76: 200/18:56:50 ID:hhO

冴木はいいやつだった。
バイキングの店員もクレープ屋の人も、さっきの男の子や磯崎さんだって、みんな冴木のことを気に入ってるように見えた。
冴木と関わってた人と話すと、冴木がどれだけいいやつだったがよくわかる。

それなのに冴木は自分で死を選んだ。
なぜなんだ。
その理由は俺なのか?
ヒーロー、
俺が無責任にはいた言葉。
俺はなれたんだろうか。
なれなかったんだ。
俺のせい?
77: 200/18:57:06 ID:hhO

冴木はなぜ死んだのか?
そんなことが今更脳裏を支配した。

だからそれが目に入ったのは偶然だったのかもしれないけど、俺は必然だったように思う。
78: 200/18:57:20 ID:hhO
俺の目に飛び込んできたのは、ビルの上から今にも飛び降りようとしている男だった。

なぜかはわからない、でも気づいたら俺は走っていた。
79: 200/18:57:46 ID:hhO


「待てよ」
なぜ声をかけたのか?
目の前で死なれるのは寝覚めが悪いから?
いつもの俺ならそうだったんだろう。

でも、いまの俺は多分違う。
80: 200/18:58:08 ID:hhO

「お前名前は?」
なんとなく名前を聞いておきたかった。
「椿です。木に春で椿」
男――椿は少しニヤつきながら名乗った。
歳は多分同じくらいで、健康的な顔をしている。今から死ぬとは思えない表情だ。
81: 200/18:58:27 ID:hhO

「なんで死にたいんだ?」
直球すぎただろうか?
でも、俺が聞きたいのはこれだけだ。

もちろん、こんなこと聞いても無駄なのはわかってる。こいつが死にたい理由と、冴木が死にたかった理由は違うんだから。
それでも、死にたいって気持ちがどんなものなのか知りたかった。
半分八つ当たりみたいなものだったけど。
82: 200/18:58:46 ID:hhO
「……フッ、ハハハ、いやー、なんか勘違いしてません? 僕、別に死にたいわけじゃないですよ? ちょっと景色見てただけです」

「えっ」
違うの?

「何だよ、それ」
わざわざ走ってきて、深刻な顔して、恥ずかしい。何してんだ、俺は。
83: 200/18:59:18 ID:hhO

「いやー、面白い人だなー、ハハ。そうですねー、死にたいって思ってた時もありましたけど、いまはもうあれですね、死ねない理由があるんで」

「あったのか? 死にたいとき」

「そりゃもう。あー、でも死にたいってよりは生きたくないって感じですかね。ほら、よく死にたいっていう人いるじゃないですか。それはまだ大丈夫なんですよ。死にたい理由がいくらあっても生きたい理由がありますから。
でも本当に自消する人って生きる理由がないんです。特に生きる理由がないから死ぬ。だから僕はどれだけ死にたくても死ねないですね、生きなくちゃいけない理由があるんで」
84: 200/18:59:36 ID:hhO

冴木は生きる理由をなくしてしまったんだろうか? だから死んだ?
いま冴木は何を思って、椿の話を聞いているんだろう?
俺にはわからない。
85: 200/18:59:56 ID:hhO

「生きる理由?」

「はい。僕はヒーローにならなくちゃいけないんです」

「ヒーロー?」
ここでもその言葉が出てくるのか。
もはや呪いの域まできてるな。
86: 200/19:00:22 ID:hhO

「まあ、僕的な意味でのヒーローですけど」
きっと彼には彼の事情があるんだろう。
さっきの男の子ヒーローと彼のヒーローの定義は多分違う。
それが少し気になった。

「僕のヒーローはある女の子のためだけにあるんです。すごい限定的なヒーロー。僕はそうありたいんです」
限定的なヒーロー。
いい響きだ。
少し羨ましい。
87: 200/19:00:41 ID:hhO

「そっか、悪かったな勘違いして。それに変なこと聞いて。答えてくれてありがとう」

「いえいえ、こちらこそ勘違いさせてすみませんでした。でも、会えて嬉しかったです、またどこかで会ったら、その時は宜しくお願いします」

そう笑いかけた椿には、死なんて程遠いものに感じられた。
88: 200/19:00:58 ID:hhO



「私にはなかったのかな? 生きる理由」
椿と別れてから、不意に冴木がそう口にした。
「いまはいっぱいあるのになー、おいしいものも食べたいし、いろんな人と話したいし、それに……柚木くんにも触ってみたい」

「ちょっと誤解が生じないか? その言い方」
「え、ああ、そうだね。まあ、でもとにかくいろんなことしたいってことだよ」
少し頬を赤くした冴木は、死んでるなんて微塵も感じられないくらい、生きてるように見えて、そこにも死なんてものは程遠いものに思えた。
89: 200/19:02:21 ID:hhO



「ねぇ、しりとりしようよー、しりとり」
家に帰ってから、冴木はなぜかハイテンションで、「暇ー、暇ー」と言い続け、ついにはしりとりしようと言われた。
90: 200/19:02:43 ID:hhO

「なんでしりとり?」
「なんとなく」
高校生がやることか?

「ほら、じゃあ、私からね、リシノレイン酸オクチドデシル。あ、後負けた方一つ相手のいうことをなんでも聞くってことで、よろしく」
91: 200/19:03:06 ID:hhO

二つ言いたいことがある。
一つ、リシノなんとかって何?
もう一つはなんか嫌なルールをつけたされた気がするってことなんだけど。

一つ目には「化学合成物質だよ、日焼け止めとかに使われてるやつ」なんて答えが返ってきた。
もう一つにはスルーを決め込む気らしい。

そもそも一つ目にも納得してないわけだけど、冴木が急かすので、仕方なくしりとりを続ける。
92: 200/19:03:25 ID:hhO

「ルーレット」
「トルバドゥール」
「だから、なんなんだ――」
「吟遊詩人」
冴木はニヤニヤ笑っていた。
93: 200/19:03:55 ID:hhO

そうしてしりとりはヒートアップしていったが、

ルイベ、ベンゾール、ルイ十三世、インテグラル、ルービックキューブ、ブリュッセル、ルシファー、ファーブル、ルール、ルシフェル、ルーブル、ルージュコラール。
といった具合にわけのわからない言葉を並べられた。

ちなみに、ベンゼンの別名、積分の記号、ベルギーの首都、昆虫学者、ルシファーの別名、さんご色、という意味らしい。
94: 200/19:04:40 ID:hhO

「いや、おかしいだろ。ネットで検索……してるわけないか……」
「携帯触れないからね」
じゃあどうやって、こんなわけのわからない言葉。

「得意なんだしりとり」
冴木は得意げにニカッと笑った。
「なんだよ、それ……」
勝ち目ないじゃん。
「なんだと言われてもねー、じゃあ私の勝ちでいい?」

「はい、参りました」
この語彙量の差で勝てるわけがない。
95: 200/19:05:10 ID:hhO

「じゃあ、罰ゲームね」
「それやるって言ってないんだけど」
「だめ。見苦しいよ。そうだなー……」

俺は何をさせられるんだろうか? 絶対ろくなことじゃない。どうせ一発芸とかそんなのをやらされるんだろう。

そんなことを考えてるうちに冴木が「決めた!」と声を出した。
96: 200/19:05:29 ID:hhO

「キスして」
冴木は俺の目をまっすぐ見てそう言った。

「は?」
「キスだよ、キス。知らない? ちゅーのことだよ」
何言ってるんだ?
97: 200/19:05:49 ID:hhO

「ほら、早くー」
「できるわけないだろ」
「どうして?」
「どうしてって……」

冴木は何を考えてるんだ。どうして急にそんなこと。
98: 200/19:06:18 ID:hhO
「そっか、できないかー、……だったら、君、私と前に話したことがあるって言ってたよね。その時のこと教えて」

ニヤニヤしていた冴木が、急に真剣な顔つきでそう言った。
99: 200/19:06:37 ID:hhO

そういうことか、それが知りたいからあんなことを……

俺は冴木の掌で踊らされてるな。

俺の答えはシンプルだ。
どうしても譲れないことが、俺にもある。

これは俺なりのささやかな反撃だ。
100: 200/19:07:21 ID:hhO
俺は冴木の唇に自分の唇を重ねた。

もちろん唇が触れ合うことはなく、空気にキスをしているようなものだったけれど。
101: 200/19:07:45 ID:hhO

冴木は顔を赤くして、俺から離れた。

「……そんなに……話したくないの?」
しばらくして、冴木は目を潤ませながらそう言った。

その通りだ、できれば話したくない。
だから……
だからそんな悲しそう顔しないでくれよ。
そんな目で俺を見ないでくれ。

そんな目で見られたら俺は……
102: 200/19:08:33 ID:hhO

「あれじゃあキスとは言えないな」

結局、そう言ってしまった。

「話すよ、俺の負けだ。まったく、触れないんだから、キスなんてできないじゃないか」

もう観念しよう。
俺は自分の罪を認めなきゃいけない。
そうだろ? ハンプティ。
103: 200/19:08:57 ID:hhO



一年くらい前の入学したてのとき、なんとなく図書室に行った。
なんで図書室に行ったのかは覚えていない。
用事があったのか、気まぐれか、俺は本をそこまで読まない方ではないけど、俺にとって本は借りるというよりは買うものだった。

本屋に入って、適当に本棚を物色してビビッときた本を買うのが好きだったから、図書室に行ったのは初めてだったと思う。
104: 200/19:09:34 ID:hhO

女の子が泣いていた。
それをよく覚えている。
その涙は俺の目に焼き付いた。

なんで声をかけたのかはわからない。
涙を流す少女、関わったら面倒に巻き込まれるランキングがもしあったら、上位にランクインするだろう。
105: 200/19:09:50 ID:hhO

そういうのが好きなわけじゃなかった。
別に泣きたい理由があるなら泣けばいいし、それを無理やり笑顔にしてあげたいなんて、言うつもりもない。
106: 200/19:10:09 ID:hhO
俺はヒーローになりたいわけじゃない。

ただ、それでも俺は声をかけた。
ヒーローなりたいわけじゃないと思いながらも、俺は確かに彼女と関わることを決めたんだ。
107: 200/19:10:26 ID:hhO

それは気まぐれだったんだろうか?
違う。俺は気まぐれでそんなことを決めるようなやつじゃないんだ。

そもそも気まぐれでなんていかにもヒーローっぽい。だから違う。

声をかけなきゃいけない気がした。
それはヒーロー的な使命感ではなくて、一般的な善意でもない。
もっと、自分のためのもの。
108: 200/19:10:51 ID:hhO
恋、とは違うんだと思う。
そんなのものじゃなくて、もっとぴったりくる別の言葉があるんだ。
でも、俺はこの感情の名前を知らない。
109: 200/19:11:03 ID:hhO

とにかく、泣いていてほしくなかった。
冴木 梓、いや、この時は名前も知らないただの同級生。
それが、泣いているのが嫌だった。

そうして俺は冴木のなかに踏み込んでいった。
「どうしたの?」と、なんてありきたりな言葉なんだろう。
110: 200/19:11:15 ID:hhO

「ハンプティ・ダンプティが塀に座った。
ハンプティ・ダンプティが落っこちた。
王様の馬と家来の全部がかかっても
ハンプティを元に戻せなかった」
111: 200/19:11:32 ID:hhO

予想通り俺はもうとてつもなく面倒なことに巻き込まれているようだった。
突然童謡の詩で問う少女、どう考えても普通じゃない。
でも、自分から巻き込まれに行ったんだ。
後悔はなかった。
112: 200/19:11:50 ID:hhO

「たまご、ハンプティはたまご」
この歌はもともと、ハンプティ・ダンプティとは何か? というなぞなぞ歌だったと聞いたことがあった。
ハンプティはたまご、それが正解なはずだ。
113: 200/19:12:08 ID:hhO

「はずれ。……ハンプティは私。壊れちゃうのは私」

冴木はとても悲しそうな目をしてた。
その澄んだ目から流れる涙は一種の芸術のようで、それでもやっぱり悲しそうで、この時も俺はそれを拭ってあげることはできなかった。
114: 200/19:12:28 ID:hhO

「……冗談。ごめんね、変なこと言って」
俺が何も言えないでいると、冴木は笑いながらそう言った。
いつもだったら、「なんだ、大丈夫だったのか」なんて思ったかもしれない。
でも、このときは違った。この時だけはわかった。冴木の笑顔の裏側に溢れるほどの悲しみが隠れてることを。
115: 200/19:12:40 ID:hhO

冴木がドアを開けて出て行こうとしていた。
やっぱり、俺には人の涙をなんとかするだけの力なんてなかった。俺にはなにもできなかったんだ。

でも…… それでも、俺は……
116: 200/19:12:57 ID:hhO

「俺なら元に戻せるよ、ハンプティを元に戻せる。どんなにぐちゃぐちゃになっても、王様にもできなくても、俺ならできる」

なんの根拠もないとても適当な無責任な言葉だ。でも、俺にはこれしか思いつかなかった。本当は俺にそんな力があったらよかったんだ。だけど、やっぱり俺にはそんな力はない。できることは、気休めの嘘を吐くくらいだった。
117: 200/19:13:35 ID:hhO

「……どうして?」

「ヒーローだから」

そんなわけがなかった。
ヒーローなんかじゃない。なれるわけがない。
似合わないのもわかってる。
ただ、この瞬間だけはそうありたかった。

その後「ふふっ」と冴木の顔が少し綻んだのが見えた。
118: 200/19:14:11 ID:hhO


「キササゲ?」

「そう、キササゲ、楸 梓。私の本当の名前。バランス悪いよね。お父さんとお母さんがね離婚したの。冴木は父親の苗字。学校ではそのまま冴木って名乗ってるけど、戸籍上は楸」

ハンプティ事件(俺はそう呼ぶことにした)から数分、冴木は俺に話をしてくれた。
119: 200/19:14:34 ID:hhO
冴木の父親は研究者で、人工知能の研究チームのリーダーだったらしい。

そのチームでは行われようとしてたのが、感情を持つ人工知能の開発、そしてそのために人の脳をコピー(そんなことできるのかはマユツバものだが)した人工知能を作ろうとしていた。
120: 200/19:15:12 ID:hhO

実験は着々と進んでいき、いよいよ人の脳をコピーする直前まで研究は行われ、完成まであともう少しと誰もが意気込んでいたそうだ。

しかしそこで問題となったのが、脳をコピーする人間を誰にするのか、ということだった。

自分の脳をコピーしていいよという物好きは現れず、計画は停滞した。

自分たちの脳を使えばいいじゃないかと思ったが、人工知能についての知識がある彼らは適任ではなかったらしい。
121: 200/19:15:35 ID:hhO

そんな折、白羽の矢が立ったのが冴木 梓だった。
感情が豊かな学生で、適度な学力もあり、なにより開発リーダーの娘、被験体としてはこれ以上ないほど適していた。

冴木は悩んだ。
いくら父親を信頼しているとはいえ、未知の分野、しかも脳をコピーなんていうぶっ飛んだ研究の被験体だ。簡単に頷けはしなかった。
それでも、大好きな父親のために力になりたいという気持ちもあった。
122: 200/19:15:53 ID:hhO
悩んだ末、冴木は首を横に振った。
やっぱり怖かった。自分と同じ思考をするものがある、ということが怖かった。
父親もそれを受け入れてくると思った。

事実、最初は父親も仕方ないさと納得をしたそうだ。
しかし、その後他の被験体も見つからず、プロジェクトは頓挫した。
123: 200/19:16:17 ID:hhO

父親がおかしくなったのはそこからだ。
最初は冴木にしつこく「やっぱり被験体にならないか?」と迫るようになったらしい。

そうしてしばらくすると、暴力的な行動も増えた。冴木の父親は、そのプロジェクトに文字通り命をかけていたらしく、その豹変ぶりは信じられないほどだった。
124: 200/19:16:45 ID:hhO
身の危険を感じた冴木の母親は、離婚を決断した。
そうして冴木の家族は壊れた。
125: 200/19:17:03 ID:hhO


「全部、私のせいなんだ。私があのとき、引き受けてればこんなことにはならなかった。お母さんもあれから元気なくて…… 全部……私のせい」

「そんなことない!」

冴木がびくっ、と肩を震わせた。
大声なんてなれないことをするもんじゃないな。図書室ではお静かに、だ。
126: 200/19:17:52 ID:hhO

それでもやっぱり言わなければいけない気がした。
「そんなの、冴木が考えなきゃいけないことじゃないだろ。脳をコピーなんて誰だって怖いよ。冴木が気にするようなことじゃない」

何をわかったようなことを。そう思う。
冴木はたくさん悩んで考えて悲しんで、それを俺が簡単に気にしなくていい、なんて言うべきじゃないんだ。

でも、ヒーローってそういうもんだろ?
似合わなくてもいまだけはそうあるって決めたんだ。
だったら突き通すまでだ。
127: 200/19:18:22 ID:hhO

「それに、いまからだってまだ間に合うよ。生きてるんだから、まだどうにだってなる」

「ふふっ、そっか、そうだよね。ありがと、君と話したら、楽になった。私も頑張ってみるよ、またみんなで仲良く……暮らしたい」

冴木は腫れた目をこすって笑った。
128: 200/19:18:39 ID:hhO

「それに、失敗して私が壊れちゃっても、君が直してくれるんでしょ?」

状況はきっと何も変わってないんだというのはわかってた。
冴木が泣いていた原因は取り除かれてないし、俺には何もできなかった。
それでも、冴木が少しでも笑ってくれたのが嬉しかった。
129: 200/19:18:53 ID:hhO

冴木の問題はきっと冴木にしか解決できない。
だとしたら、もし冴木がそれに失敗したら、そのときは俺が受け止めたい。そう思った。
俺はそれだけでいい。

俺には何もできないけど、君なら何でもできるんだって、そう言ってあげたかった。

だから俺は精一杯の虚勢で返事をした。

「もちろん」と。
130: 200/19:19:16 ID:hhO


それがあの日起こった全てだ。

冴木はずっと黙って、俺の話を聞いていてくれた。そして全てを話し終わったあと、ようやく口を開いた。
131: 200/19:19:33 ID:hhO

「そっか……私は、君にそこまで話したんだね」

そう、そこまで話してくれた。
話してくれたのに、それなのに俺は、結局彼女を、壊れたハンプティを元に戻せなかった。
違う、気づくことすらできなかったんだ。
そうして冴木を自殺させてしまった。

俺の罪は気づけなかったこと。
132: 200/19:19:53 ID:hhO

「……本当にごめん。俺は気づけなかった。直すだなんて偉そうなこと言って、気づくことすらできなかったんだ」

冴木からの手紙が届いたとき、これは復讐なんだと思った。
気づけなかった俺への復讐だと。
133: 200/19:20:15 ID:hhO

「違うよ、君は直してくれた。私の傷を、家族を」

「何言って…… 俺は何もできなかったんだ」

「そんなことない。私が死ぬ少し前、お母さんとお父さんに話をしたの。そしたらまた、家族三人で暮らせることになったんだ。なんで話をしようとしたのか、いまの私は覚えてなかっまけど、それは君のおかげだったんだね。だから、きっと君は私のヒーローだよ」

「じゃあ、なんで冴木は死――」
その先は言えなかった。
何してるんだ俺は、また冴木を傷つけてしまった。
134: 200/19:20:43 ID:hhO

「わからない。でも、きっと答えは図書室にある。明日、全部わかるよ。それに、前の私が君のことどう思ってたって、そんなの関係ない。いまの私は君のこと信じてるから。
だから、もう一度お願い。私と図書室に行ってください。そして私が死んだ理由を一緒に探してください。お願いします」

なんだろう、俺はいつも冴木に励まされてる気がする。冴木の言葉でいつも元気付けられてる。
135: 200/19:20:57 ID:hhO
信じてる。
そう言われて逃げるわけにはいかない。

そうだ、真実を確かめよう。
冴木のためにも俺のためにも。
たとえ真実がどんなものであったとしても。
136: 200/19:21:22 ID:hhO



休みの日の図書室は生徒どころか、司書すら席を外しているようで誰もおらず、なんだか物寂しかった。

一年ぶり、それでも全部覚えている。
あそこに冴木が座っていて、あそこで話した。

そしてあのとき冴木が手にしていた本、『ハンプティ・ダンプティ』

たくさん並べられた本の片隅で、埃をかぶっていたその本はくっきりと俺の目に映り込んだ。
137: 200/19:21:52 ID:hhO

そして彼女の目にも。

「おい、どうした?」
横を見ると冴木がへたり込んで座っていた。
ハァハァと過呼吸気味に苦しそうにしている。

俺の声が聞こえてないみたいに、冴木はは呆然とただ一点だけを見つめていた。
138: 200/19:22:17 ID:hhO

冴木が少し落ち着いてきた頃、彼女頬を涙が伝っているのがわかった。

「……ごめ……ん」
「え?」と自然と口から漏れていた。
ごめん? 何が?

「……ごめん、ごめんね、柚木くん」

「だから、なに―― ちょっと、待っ――」
139: 200/19:22:31 ID:hhO

俺の言葉を待たずに冴木は走り出していた。

彼女の手をつかもうとした俺の手は、またも空を切るだけだった。
140: 200/19:22:50 ID:hhO


冴木は何かを思い出した?

だとして、何を?
死んだ理由? 俺と話したときのこと?
わからない。
142: 200/19:23:04 ID:hhO

答えはきっとここにある。

『ハンプティ・ダンプティ』
童謡をもとに作られた絵本だ。
俺と冴木をつなぐピースはいつだってここにあった。
143: 200/19:23:33 ID:hhO

絵本を開くとアレが挟まっていた。
この三日間で何回も見た冴木の手紙。

これを読むことで、いままで俺たちは謎を解いてきた。
ゲームでいうならキーアイテムってやつだ。
144: 200/19:23:47 ID:hhO

でも、今は読むのが怖い。
ここにはきっと全て書いてある。
冴木が死を選んだ理由。
それを知るのが怖かった。

だけど俺は逃げるわけにはいかない。
俺は二度も冴木と関わることを決めたんだ。
自分で選んだんだ。
145: 200/19:24:01 ID:hhO

そうだ俺は知らなきゃいけない。

あのとき約束をした冴木のために。
そしてなにより、いま走り去っていった冴木のために。
146: 200/19:24:22 ID:hhO


ラストミッションクリアおめでとう。
そして、ありがとう。
言いたいことはたくさんあるんだけど、とりあえず一つだけ、ごめんね。
私は嘘をついていました。
もしかしたら柚木くんは起こるかもしれないけど、私にはこれしかなかったんだ。
でも、そんなの言い訳だよね。

これ以上はちゃんと柚木くんと会って話したいな。というより、そうしなきゃだめなんだと思う。
147: 200/19:24:39 ID:hhO

本当にごめんなさい。
私は死んでない。
自殺したっていうのは嘘なんだ。
148: 200/19:24:52 ID:hhO
そして図々しいけど、これが本当に最後のミッションです。
後ろを向け。
以上。
149: 200/19:25:12 ID:hhO



わけがわからなかった。
死んでない? どういうこと?
なんで? どうして?

幽霊だったのは? トリック?
150: 200/19:26:26 ID:hhO

でも、そんなことはどうだってよかった。
考えることなんて放棄したかった。

冴木が生きてるそれだけでよかった。

だから、俺は全力で最後のミッションを遂行した。
151: 200/19:26:37 ID:hhO
だけど、そこに冴木はいなかった。
152: 200/19:26:57 ID:hhO
どうして? なんで?
理由なんてどうでもいい。
冴木が居てさえくれるなら、それなのに……

「……なんで……いないんだよ」
その言葉も届かない。
153: 200/19:27:11 ID:hhO

なんなんだよ。
そう叫びたかった。

何か、なんでもいいから彼女につながる手がかりが欲しい。
そう思い、あてもなく図書室を彷徨った。
154: 200/19:27:27 ID:hhO

そうしてたどり着いたのは、ハンプティの絵本が収納されていた場所。

この本があった上に、紙切れがテープのようなもので貼り付けられていた。
155: 200/19:27:49 ID:hhO


これはおまけみたいなものです。
そこにいる私が素直に自分の気持ちを言えるかわからないので、一応ここに書いておこうと思います。
156: 200/19:28:29 ID:hhO
私は柚木くんのことが好きです。

図書室で会った時から、柚木くんはずっと私のヒーロでした。
ごめんね、こんなやり方でしか伝えられなくて。自殺したって嘘ついて、好きなんてずるいよね。本当にごめんなさい。
でも、こんなやり方になっちゃったけど、この気持ちだけは嘘じゃないです。
157: 200/19:28:45 ID:hhO

でもやっぱりこれは自分で素直に言いたいな。
だからこの手紙を読むことはないかな。

柚木くんには話したいことがいっぱいあるんだ。だから自分の言葉でしっかり伝えたいです。
158: 200/19:28:58 ID:hhO

じゃあ、そろそろおまけは終わりです。
最後にもう一回だけ、

大好きです。
159: 200/19:29:22 ID:hhO



バチが当たったんだ。
死んだなんて嘘ついて、彼の気を引こうとしたから、だからバチが当たった。

図書室であの本を見たとき、今まで重たい何か封じ込まれていた記憶が、堰を切ったように流れ込んできて、全部思い出した。
160: 200/19:29:47 ID:hhO

私は図書室で柚木くんに会ったときから、ずっと彼に恋してた、

だから、二年生になって同じクラスになったときは、死んじゃうんじゃないかってくらい嬉しかった。

いろんな話がしたかった。
話したいことがいっぱいあった。
161: 200/19:30:09 ID:hhO

だけど、話しかける勇気はなかなか出てはくれなかった。

彼は私のことを気に留めてないかもしれない。
ただ少しだけ話したことがあるだけ、そう思っているかも。
そう思うと、話しかけることはできなかった。
162: 200/19:30:31 ID:hhO

そうしてるうちにチャンスが舞い込んだ。
あのとき彼に勇気づけられてから、お母さんとお父さんに話をした。
また一緒に暮らしたいって。

何回も何回も話をして、とうとうまた三人で暮らせるようになった。
163: 200/19:30:50 ID:hhO

柚木くんに伝えたい。
あなたのおかげで私は幸せだって、伝えたい。

だけど、やっぱり話しかけられなかった。
164: 200/19:31:09 ID:hhO
そうして今回の計画を思いついた。
自殺したって嘘をついて、彼に私と会ったときのことを追体験してもらう。

最低なことだってわかってたけど、それでももうこれしかなかった。

もちろん完璧に騙せるなんて思ってないから、ゴールデンウィークを選んで、学校が休みの間に、彼にだけなんとか信じてもらおうと。
165: 200/19:31:34 ID:hhO

そうしていろんな準備をして、最後に柚木くんの家に届ける手紙をポストに投函して、その帰り道、

私は車にひかれた。
166: 200/19:31:47 ID:hhO
そして私は死んだ。
167: 200/19:33:12 ID:hhO
なんだよ、これ。
ふざけるなよ。

手紙を読み終えて、俺は全てを理解した。
理解したくないのに、わかってしまった。
絶対に認めたくない、それなのに俺の頭は真実を導いてしまった。

悲劇的で最悪な真実。
168: 200/19:34:06 ID:hhO
自殺したって嘘ついて、本当は生きてて、でも、たまたま事故に巻き込まれて本当に死んじゃった?

なんだよ、それ。
おかしいだろ、なんで……

嘘は嘘じゃなきゃだめだろ?
本当にしてどうすんだよ。
169: 200/19:34:25 ID:hhO

俺は誰に怒ればいいんだよ?
冴木? 違う。事故った運転手? 違う。

この世界は間違ってる。

なんで冴木が死ななきゃいけないんだよ。
そんなのおかしいだろ。
170: 200/19:34:48 ID:hhO

この二日間いろんな人に会った。
その人たちはみんな冴木のことが好きで、それを見ていたら冴木がどんだけいいやつかわかった。

みんなを通して俺はずっと冴木を見てた。
そして何より俺が自分自身の、この目で見た冴木はすごい輝いてて、それを見て俺は…… 俺はいつの間にか冴木のことが大好きになっていた。
171: 200/19:35:15 ID:hhO

一年前とは違う、この気持ちは恋だ。

気づかないふりをしてた、死んだ人を好きになってもしょうがないって。

でも、もう無理だ。一度気づいてしまったら、もう止められない。

俺は冴木 梓が大好きだった。

それなのに、なんで……
172: 200/19:35:30 ID:hhO

俺はどうしたらいいんだ?
もう何もわからない。

冴木は泣いていた。
最初にここで会ったとき、公園に行ったとき、しりとりをしたとき、そしてさっきも、いつも泣いていた。

俺にはその涙を止めてあげることはできなかった。
173: 200/19:35:52 ID:hhO

もう、何をしたらいいかわからない。
自分に何ができるのかだってわからない。

それでも冴木が泣いていた。
俺はそれを見たんだ。
いまそれを見れるのは俺だけなんだ。

だったら、何ができるかなんてどうでもいい。
俺はもう一度だけヒーロを目指そう。
174: 200/19:36:11 ID:hhO


私は本当に馬鹿だ。
どうしてあんなくだらないことをしたんだろう。
少し、ほんの少しだけ勇気を出せばよかった。
彼に話しかければよかったんだ。

自殺なんて嘘をついちゃいけなかった。
死を軽く見ちゃいけなかった。
175: 200/19:36:32 ID:hhO

柚木くんにも迷惑をかけて、お母さんやお父さんにも……

それなのに私はまだ柚木くんのことが大好きでいる。
私に彼を好きでいる資格なんてないのに。
私は最低だ。

いつの間にか自分が死んだ場所に来ていた。
私はここで死んだ。
176: 200/19:36:52 ID:hhO
死から始まる恋があるんだ、なんて私は信じていた。
そんなわけがなかった。死は軽々しく扱っていいものじゃなかった。

私は本当にどうしょうもないくらい、馬鹿だ。
自業自得なのに、それなのに涙が止まらない。
177: 200/19:37:11 ID:hhO

泣いてばっかりだな、私。
全部自分が悪いのに。

いくら泣いてもハンカチすら使えない。
私にはハンカチすら持つことができない。
178: 200/19:37:56 ID:hhO

だから頬に感じた感覚は嘘なはずだった。
この暖かさは二度と私には感じられないもののはずだった。

その手は、暖かいその手は、私の涙を拭ってくれた。
179: 200/19:38:37 ID:hhO
「……どう……して」
言葉が上手くでない。
頭が追いつかない。

「どうしてって?」
暖かい声が聞こえた。
大好きな人の声。

「なんで……いるの……」

「探すの大変だったんだぞ。まったく、暗いところに女の子が一人じゃ危ないよ?」
180: 200/19:39:00 ID:hhO

そうじゃない。
どうして……

「……私に……触れるの……?」
181: 200/19:39:11 ID:hhO


「死んだから」
182: 200/19:39:34 ID:hhO

彼が何を言っているのかわからなかった。
思考が追いつかない。

そして彼の次の行動が、私の思考にとどめを刺した。

何をされているのかわからなかった。
やっと理解したときに、あったのは感触だけだった。
183: 200/19:39:47 ID:hhO

唇と唇が触れ合う感触。
私にはありえなかったはずの感触。

私と彼の唇は重なった。
184: 200/19:40:08 ID:hhO


俺はいまから最低なことをする。
本当に最低な行為。
185: 200/19:40:37 ID:hhO
彼女のもとに走る最中、俺は何をしたいのか考えてた。

俺は彼女の涙を拭ってあげたい。
ハンプティみたいに壊れてしまった彼女を直したい。
186: 200/19:40:48 ID:hhO

それが俺の生きる意味
矛盾だな。

俺の答えは簡単だった。
187: 200/19:41:10 ID:hhO
俺は飛んだ。

落ちているときの感覚は、なんだか浮いているみたいで変な感じがしたな。
188: 200/19:41:24 ID:hhO

地面がどれだけ近づいてきても、迷いはなかった。俺が自分で選んだことだ。

記憶を失ったらまた思い出せるかな、それだけが不安だった。
189: 200/19:41:36 ID:hhO
そして俺は死んだ。
190: 200/19:41:59 ID:hhO

望み通り俺は、幽霊になれたようだった。
まあ、未練たっぷりだったからな。
幸運なことに記憶を失うこともなかった。

俺は希少なケースだったみたいだな。
まあ、忘れてても絶対に思い出したけど。
191: 200/19:42:11 ID:hhO

そう、忘れられない理由があった。

そうして俺は走り出す。
大好きな人に会うために。
大好きな人に謝るために。
大好きな人に大好きだって言うために。
192: 200/19:42:38 ID:hhO


「……どうして……どうしてそんなことしたの!」
俺の話を聞いた冴木は怒っているようだった。

「死んじゃったらもう……もう何もできないんだよ! それなのに、なんで……」
193: 200/19:42:55 ID:hhO

怒るのも当たり前か。
俺だって自分が間違ってるのはわかってる。
こんな形の解決は許されないって。
それでも俺は、

「冴木と一緒にいたかったから。冴木の涙を拭ってあげたかった」

壊れたハンプティの近くにいるためには、自分も壊れるしかない、そう思った。
194: 200/19:43:21 ID:hhO
「……だからって……」

「わかってるよ、俺だって。こんなのは間違ってるって。でも……もうだめなんだよ。俺は冴木と一緒じゃないと……」

生きる理由がない。
だから死ぬ。
195: 200/19:43:52 ID:hhO

椿の言っていたことがわかった気がした。
もちろんこんな受け取られかた、あいつは不本意だろうけど。

冴木がいない世界に生きる理由なんてない。
そう思ったら、もう無理だった。
生きていることが無理だった。
196: 200/19:44:10 ID:hhO

別に死にたいわけじゃない。
むしろ生きていたい。
それでも冴木に会うためなら、死ねる。

依存。よくないことだってわかってる。
197: 200/19:44:35 ID:hhO

「だめだってわかってても、冴木と一緒にいたかった。生きて得るもの全てと天秤にかけても、冴木と一緒にいれることのほうが、俺には重いんだ」

「そんなの……ばかじゃないの」
もう拭いきれないほどの涙。
俺はまた冴木を悲しませてしまったんだろうか?
198: 200/19:44:57 ID:hhO

それでも、もう泣いている姿すら愛おしかった。
愛おしい、全てが愛おしい。

自然と手が冴木を引き寄せていた。
そうして包み込んだ感触は、生きているみたいだった。

「そうだな、バカだ」
どうしょうもないバカだ。
199: 200/19:45:18 ID:hhO

「……でもね、もっとばかなのは……私。最低だよね…… 柚木くんが死んじゃったのに、それなのに、私のところに来てくれたのが嬉しくてたまらない…… 涙を拭ってくれて、キスしてくれて、抱きしめてくれて、それがどうしょうもなく嬉しいの。ねぇ、私、どうしたらいいの……」

腕の中で泣く冴木はいまにも壊れてしまいそうなくらい脆くて、それでもやっぱりそれが愛おしい。
200: 200/19:45:33 ID:hhO

「……わからない。でも、一つだけ約束する。俺がずっとそばにいる。どんなときだって俺がそばにいる。いさせてほしい」

だって俺は……
201: 200/19:45:46 ID:hhO
「冴木のことが大好きだから」

「なにそれ……ずるいよ…… 私だって、大好きにきまってんじゃん」
202: 200/19:46:03 ID:hhO


「死ぬまで一緒にいようってよく言うけどさ、私たちもう死んでるし、いつまで一緒なのかな?」

「ずっとじゃない?」
「そっか……」
冴木の口元が少し緩んだ。
203: 200/19:46:27 ID:hhO

「ねぇ」と冴木が声をだした。

「キス、もう一回」

「え?」

「もう一回して」

「やだよ、恥ずか――」

不意に口を塞がれた。
彼女の口で。
204: 200/19:46:51 ID:hhO

「なに、して……」

「仕返し。自分だって急にしたじゃん」

「べー」と舌をだして冴木は笑った。

笑う彼女の顔を見れるのが、たまらなくうれしかった。
205: 200/19:47:10 ID:hhO

なにも解決してないのはわかってる。
それでもいい。
乗り越えて前に進まなくたっていい。

立ち止まったままでもいいから、俺は冴木と一緒にいたい。

誰も認めてくれなくても、これが俺の恋だ。
206: 200/19:47:44 ID:hhO

そう、これは恋の話。
俺の死から始まる恋の話。
俺は死ぬことで、彼女と一緒にいられる。
207: 200/19:48:26 ID:hhO
俺が死んで初めての恋。
その話のエンドロールには俺と冴木の名前だけあればいい。
他にはなにもいらない。

これは永遠に続く俺の気持ち。
死んだあとも続くんだから、終わりはない。
この感情は俺の中に永遠に生き続ける。
208: 200/19:48:40 ID:hhO

そうだ高らかに宣言しよう。
209: 200/19:48:52 ID:hhO

俺は冴木 梓を愛していると。





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