- 349: 2015/11/07(土) 21:32:26.67 ID:dlhGMPwp.net
- 次の日、奈央は8時前には支度が終わったようで、やたらと俺を急かした。
シューズを持っていないことを話すと、渋々自分の体育館履きを貸してくれた。
俺は自前のコルセットを準備したり、
タオルやTシャツを準備するのに手間取った。
結局8:30前に家を飛び出して、俺は寝ぼけた頭を覚ますのに必死だった。
奈央「早く!」
奈央は庭先の道で自転車に乗って俺を促した。
夏の朝の真っ白な光が、俺たち二人を包み込んだ。
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「急ぐから、私のあと付いてきてね!」そう言う奈央の背中を追いかける。
風を切って坂道をどんどん下っていく。
前を行く奈央の後ろ姿が小さくなっていく。
いくつものぶどう畑が横目に通り過ぎていく。
あの駅前の道も通り過ぎた。遠くに、麓の街が小さく見えた。
太陽の光を浴びて、キラキラと光っていた。
暑さはそこまでじゃなかった。
奈央が飲み物買うのを忘れたと言って、途中自販機の前で立ち止まった。
俺「ねえ、そこまで急がなくてもいいんじゃない?」
奈央「そうかな。まあ、それなら普通に行ってもいいけど」
俺「何をそんなに焦ってるの?」
俺は自販機の影に入るようにして、奈央の表情を窺った。
奈央「別に、焦ってなんていないけどさぁ」
奈央は怪訝な表情でこちらに視線を向けた。
奈央「…ごめんね」
俺は一瞬「ん?」と思って状況を理解できなかったが、
奈央が謝っているんだと気付いてすぐにフォローを入れた。
俺「や、やめて。謝ることないよ。いいんだ別に」
そう言うと奈央は「ううん」と首を横に振って、
「行こっか」と言ってペダルを踏んだ。
夏の朝の陽射しが揺れる中を、奈央が少し前を走っている。
「学校ちょっと遠いんだぁ」などと言って、時々こちらを振り返った。
俺はずっと、長い髪の結ばれた奈央の後ろ姿を見ていたから、
奈央が振り返るたびに目が合って、ちょっと困った。
いくつもの坂を下って、抜けた先に大きな川があって、
その河川敷の横には、ひまわり畑が広がっていた。
そして、その向こうには奈央の高校があった。
こりゃ、帰り道は一段と大変そうだな、と思った。
奈央のあとを追って校内に入ると、世界が一変するようだった。
不意に、空気と雰囲気が変わった気がしたのだ。
驚いて振り返ると、校門からは来た道が続いていた。
遠くで「こっち!」と呼ぶ奈央の方を向き直って、
俺は自転車のペダルを踏み直した。
何もかもが懐かしく感じた。
そんなに遠い昔のことでもないのに、高校ってこんな感じだったよなぁと、
目に映るもの全てに親しみを覚えた。
どこで吹いてるのかも分からない、遠くから聞こえる吹部の「プア~」という音。
朝練なのだろうか。熱心な生徒が練習前に来て吹いているのだろうか。
俺の目の前を、弓を抱えた弓道部の一団が通り過ぎて行く。
これから試合にでも行くのだろうか。
かと思えば、何やら大きな荷物を抱えて歩いている屈強な男子たちともすれ違った。
ラグビー部か、レスリング部…と言ったところだろうか?
奈央は一足先に駐輪場に自転車を止めていた。
奈央「ここ、私の隣に置いちゃっていいから。テキトーに」
そう言われて、奈央の横に自転車をつける。
俺「にしても、部活が盛んな学校なんだね」
ここに来るまでに、一体どれだけの部活の子とすれ違っただろうか。
奈央「文武両道、とか言って勉強にもうるさいけどね」
俺「へえ、立派な高校なんだね」
俺がそう言うと奈央は、
奈央「そんな事ないよ、この辺の子たちが集まってくる普通の高校だよ」
と言ってはにかんだ。
奈央「ちょっと、ここで待ってて」
そう言われて、俺は駐輪場の自転車の脇で待っていた。
止めてある無数の自転車や、目の前にあった水道などを眺めて、
やっぱりここは高校なんだなぁ、としみじみとしてしまった。
この中だけ、時間の流れ方が違うようだ。
毎年沢山の生徒が卒業して、入学して、人はどんどん入れ替わるけど、
この場所だけは、永遠に終わらない青春の時間が流れ続けてるんだ、と思った。
体育館は駐輪場のすぐ近くにあった。
中からはすでに「バシンバシン!」とボールの音が響いていた。
奈央はなぜか「後から入ってきて!」と言って俺を置いて中へ入った。
少し待って入ると、バスケ部の男子がこちらを見て「ちわーーっす!」と仕切りに挨拶をしてくれた。
体育館の特有の匂い。キュキュっとシューズの擦れる音。
高い天井から注ぐ無数の照明。
そして、久々にやるぞ!と勇んで体育館履きを履こうとしたら、
サイズが合わずまったく足に入らなかった。
俺「靴が入らないんだけど」
奈央「かかと踏んで履いちゃえばいいよ」
俺「それはあぶないよ」
奈央「入口の下駄箱に、忘れ物のシューズがいくつかあるから、使いなよ」
それに「分かった」と答え、古ぼけた下駄箱から見繕って、
シューズを履いて中に戻った。
その間、奈央は体育館を仕切るネット越しに、
ずっと男バスの様子を夢中で眺めていた。
俺「準備、しないの」
俺が声をかけると、不意を突かれたように「ああ、そうだ」とおかしな声を出した。
「あぶないよ!」と言ってすぐに手伝った。
「いつも一人でやってるから平気」と言っていたが、足元はフラフラだった。
体育館でネットを立てるなんて作業、もう何年ぶりのことだったろうか。
ぎしぎしと軋むネットの音が何だか無性に心地よく感じた。
そんな風にして、二人で準備を進めていると、
他の部員たちも集まってきて準備を手伝い始めた。
後から来た子たちは皆、俺の方を不思議そうな表情で眺めていた。
俺も仕方なく、「こんにちは」と力なく会釈をするだけだった。
俺のことを、いつ説明するつもりなのだろうか。
そんな事を思っていると、
入り口の方でバスケ部男子が「こんにちはー!」と次々に言い始めて、
お腹の大きな一人の女性が入ってきた。
歩きながら男子たちと談笑しているようにも見えた。
それに気づくと、奈央はすぐさまその女性の元へと駆け寄っていった。
恐らく、あれが女子バレーの部の顧問の先生なのだろう。
奈央はそのまま先生と数分話していた。
俺も端の方で軽くストレッチをしていた。
すると、奈央が手招きして「来て」と俺を呼んだ。
椅子に座った先生と、奈央を挟んで向かい合う格好になる。
俺が「こんにちは」と挨拶をすると、先生は、
「女バレの顧問の野方です」と笑って挨拶してくれた。
俺「あ、はい。どの程度力になれるかは分かりませんが…」
先生「ほんと、突然ごめんね。私がこんなんにならなきゃね」
先生「今日も、旦那の車で送ってもらったんだけどw」
先生はそう言って、自分のお腹を触って笑った。
先生「明日から産休のつもりで、その間は他の部の先生に一緒に見てもらおうと思ってたけど」
先生「それでも、バレーの中身のことまではカバー効かないからね…」
俺「そうですよね…」
先生と俺が会話をする間、奈央は一心に先生の方を見つめていた。
先生「これから大会まで一週間くらい、本当に見てもらえる?」
その言葉を聞いて、俺の中で色々なものがフラッシュバックした。
途中で辞めてしまった部活
バレーをとったら何も残っていないと知ったあの日
春高決勝で輝いてたあのエースの風
出口の見えない勉強の毎日
過去の幻影に追われて何もしたいことのなかった毎日
再び体育館の中に立って、「部活」をしようとしている。
蒸し暑い、この体育館の中で、
シューズの擦れる音が響くこの体育館の中で、俺がいた。
先生のその質問に迷うことなく、
「はい、全力でやりますよ」と答えていた。
そう言うと、先生は笑って、
「ありがとう。他の先生にも、それとなく話しておくから」と言ってくれた。
俺は、再び与えられたこの時間で、一体何ができるんだろうか。
そんな事を思っていた。
そして、先生が産休に入ること、
俺が臨時のコーチ役をすることが伝えられた。
先生の産休は大会の前のこのタイミングになってしまったとは言え、
部員たちにも大方予想がついていた事のようで、
みんな「先生お大事に!」とか「頑張ってね!」とか言っていた。
かくいう俺の方は未知数のようで、取り立ててリアクションもなかった。
一斉にお辞儀をして「よろしくお願いします!」と言われて、
それが照れくさくて仕方がなかった。
先生に「見てあげて」と笑顔で言われて、俺は「はい」と答えて、
対人をしている様子を見て回った。
対人を見ていれば、フォームの癖とか、
トスアップの精度とか、基本的な事がわかる。
全体的に悪くはないし、女子なので基本はしっかりできていたが、
やはりそこまで上手い、というわけでもないなと感じた。
奈央は自分の事を「上手くない」と言い切っていたが、
この中ではキャプテンを務めることもあって、やっぱり頭一つ上手いように見えた。
「はい!」と掛け声をあげて、ひときわ頑張っているようにも見えた。
バシン、というボールを弾く音と、キュキュキュ、
とシューズの擦れる音が響いて、心地よかった。
「はい!」と掛け声が上がって、コートの中に3人が入った。
俺はコートの中央に誘導され、ボールを出すように言われた。
見知らぬ女子が3人、俺の方を見て真剣に構えていた。
割と力を込めてボールを打ったが、綺麗にレシーブが上がってトスが返ってくる。
「やるな」と思って、今度は後ろのコースへ打つ。
綺麗に上がって、またトスが返ってくる。
3人は「来い!」と声を張り上げた。
少し意地悪をして、今度はレフト方向からインナーへきつい球を打った。
反応はしたものの、手元がおざなりになって、ボールはコート外へと飛んでいった。
俺は「なるほど」と思って、瞬時にアドバイスをした。
俺「基本はできてるから、自分のとこに飛んできたボールは綺麗に上がるけど」
俺「きついコースや、予想外の所に飛んで来ると、上手くいかないね」
俺「いつでもひじを曲げないで、綺麗に面を作って受けることを意識してみて」
俺がそういうと、ミスをした子は顔をあげて「はい!」と構えた。
素早く動いて、綺麗にボールが上がった。
手前にいた子が「オッケイ!」と言ってトスを上げる。
そのまま、後方にいた子に向かってレフトからのウイングスパイクを想定した球を打つ。
バシン、と無回転で綺麗に上がって、再び流れるように俺の方にトスが返ってくる。
コーチ役だというのに、俺は楽しくなって無我夢中になった。
「ああ、これはバレーだ」
「仲間に囲まれて、声を上げて、無心にボールを追いかける、これだ…」
とそんな気持ちが込み上げていた。
腰に巻いたコルセットが蒸れるのが気になった。
腰に少々違和感はあったものの、結構動いた割にこんなものか、とも思えた。
簡単な休憩が明けると、奈央が勢いよく「サーブカットいくよー!」と声を上げた。
「はーーい!」と掛け声が溢れて、皆コートの中へ並ぶ。
俺はその様子をコート外から眺めていた。
「いきまーす!」「こい!」「ナイスカットー!」と声が止むことはなく、
女子とは言え賑やかでやる気のある部だなぁと思った。
全体的な力は強豪に比べればそこまでではないと思ったが、
チームとしての雰囲気はとても良かった。
この中でキャプテンをやっているのだから、やはり奈央は頑張っているのだな、と思った。
椅子で座っていた先生に「スパイクはよく見てあげて欲しい」と言われたので、
俺はネット近くの邪魔にならない位置に立って、フォームなどをよく観察していた。
数人は、しっかりとミートして打てていたが、他の子は高さも足りず、
ボールを最高打点で上手く捉えられていないようだった。
俺は「ちょっといいかな」と言ってすぐに皆を集めた。
奈央が「集合!」と声をかけて練習が中断された。
俺がそう質問すると、答えづらいのか誰からも返事が返ってこなかった。
奈央が小声で、「高さ…?」と答えた。
俺「うん、高さも大事。でもいくら高くても、タイミングが合わなきゃ良いスパイクは打てないよね」
俺がそう言うと、みんなうんうんと頷いて納得しているようだった。
俺「奈央、一回打ってみて」
奈央がなかなか良いスパイクを打っていたので、俺は手本を促した。
俺が下投げでボールをトスアップすると、
奈央は高く跳んでネットの向こう側にバチン、と良いスパイクを打った。
俺が笑いながら「ナイスキー」と言うと、他の子たちも少し笑った。
打ち終わった奈央は、心底恥ずかしそうにして自分の服を引っ張っていた。
俺「滞空時間が長ければ、ボールを一番高い場所で叩きやすくなる」
俺「それに、相手のブロックがよく見えるし、もっと言えば相手のコートの状況まで見えてくる」
俺がそう話すと、みんな目を輝かせてこちらを見た。
俺「スパイクで一番大事なのは滞空時間なんだ。それを意識すれば、かなり変わるよ」
俺がここまで話して、一人の女の子が申し訳なさそうに「あの…」と声を上げた。
「どうしたら、滞空時間を上げることができますか?」
俺は待ってましたとばかりに、この質問にすぐに答えた。
俺「ワイヤーだよ。ワイヤー」
俺がそう言うと、みんなぽかんとして首を傾げた。
俺「そんで、ジャンプした瞬間に、真上に思いっきり引っ張られてるってイメージするんだよ!」
俺が自分の頭の上で引っ張られているようなジェスチャーをすると、
みんなもマネして頭の上に手をやって、ワイヤーのイメージをし始めた。
俺が笑って、「そうそうwイメージが大事なんだ」とスパイク練習を再開した。
それに呼応して「はーい!」という掛け声があった。
アドバイスをしたが、やはり上手く打てているのは先程と同じ子たちで、
上手くいかない子は、なかなか上手くいかない。
でも、何人かは打ったあとに感覚を掴んだようで、「何か違うかも」と言って、
笑顔で何度もスパイクのフォームを素振りで繰り返していた。
俺はそれを見て、「いいよ!」と笑顔で声援を送った。
それはあくまで理論的・コツにすぎないものであって、
すぐに何か変わるというワケでもない。
ただ、上手くなれたり、何かに気づく「きっかけ」にはなってほしいと思った。
自分が選手だった時にも、「気づくのはいつだって自分。自分で気づいてから上手くなる」
とよく言われたものだった。
だから、この子たちが自分で気づいて上手くなるきっかけになれれば良いと思った。
もちろん、女子の指導などは今までに一度もしたことがなく、
自分の教えていることが本当に正しいかの不安もあった。
でも、この時の俺は、ただ今自分ができること、伝えられることを、
精一杯にやってあげようとだけ思っていたのだ。
何度も何度もスパイクを軽快に打っては、
「ワイヤーって聞いてから、ジャンプがしやすくなった気がする!」
と、笑顔で駆け回っていた。
このスパイクの練習から、チームみんなの笑顔が増えたような気がした。
そのあと、レギュラーメンバーがコートに入って試合形式の練習が行われた。
真面目にやっていながらも、終始笑顔が溢れていて、厳しすぎることもない。
その様子を、顧問の先生は椅子に座って笑顔で眺めていた。
「いい部活だな」
奈央がこの部活に最後までいたい、という気持ちもよく分かる気がした。
いや、もっと厳しかったが、雰囲気は似ていた。
あの時は、楽しかった。
みんなで夢に向かって、夢中で頑張っていたあの日、
俺も今の奈央たちと同じような景色を眺めていたんだ。
夢というのは、そこにあって、追いかけるものだ。
それが叶う叶わないではなく、追いかけることに意味があったのかもしれない。
一つの夢が終わってしまったら、また新たな夢を見つける。
もしかしたら人生は、そうやっていくつもの夢を追いかけていくものかもしれない。
正午過ぎの真っ白な光が、校舎と校庭を包んでいた。
校庭では、サッカー部とハンドボール部が掛け声を上げていた。
その手前の校舎に続く道を、数人の生徒が歩いている。
俺は、やっぱりバレーがしたいんだ。
どんな形であれ、バレーのそばにいたいんだ。
今日、奈央の部活に来たことで、俺は自分のそんな気持ちに気づき始めていた。
「明日から、よろしくお願いします」と頭を下げられ困ってしまったが、
「はい、しっかり頑張ります」と力強く答えた。
体育館から出ようとすると、奈央に呼び止められた。
奈央「ちょっと、帰り道分かんの?」
俺「あ…ちょっと自信ないな…」
そういうと奈央はあからさまにしかめっ面になって、
「やっぱりー?もう、めんどくさ…」と言った。
俺「まあ、どうにかなるよ。大丈夫」
奈央「いや、絶対迷うって。駅まで戻れないよ多分」
そう言うと奈央は部活の子たちの所へ行き、「一回帰ってすぐ連絡する」と話していた。
駐輪場で奈央に、「絶対今日で道覚えてよね」と釘をさされた。
奈央と二人で自転車に乗って校門を出た。
瞬間、また空気が変わった気がした。
なんというか、時間の流れが元に戻った、そんな気がした。
振り返ると正面には校舎、横には先程まで俺がいた体育館があった。
少し先を行く奈央は、ごきげんな様子だった。
夏の太陽を思い切り浴びる中走っているというのに、元気そうだった。
俺「やっぱり、エースじゃん。上手いと思ったよ」
俺がそう言うと、振り返って「本当?」と笑みを浮かべた。
奈央「あの、ワイヤーだっけ!あれは面白かった」
俺「あー、あれね。あれは俺が中学の時の先生に言われたんだ」
俺「あれを聞いてから、スパイク打つのが楽しくなってさ」
俺「それをみんなにも味わって欲しかったから」
俺がそう話すと、奈央はにやにやと笑った。
俺「良かった。やっぱり、部活は楽しいのが一番だと思うよ」
奈央は、笑顔で黙って頷いた。
奈央「来てくれて、ありがとう」
俺「え?」
俺がそう聞き返すと、奈央はもう答えることもなく、
「ここからは坂道だから辛いよ!」と言って先に走っていってしまった。
木陰に入ると、遠くからツクツクボウシの声がした。
もう顧問の先生の姿はなく、俺と3年生が中心になって練習をすすめた。
管理ということで、バスケ部の先生が体育館の管理室に居てくれた。
半面は、バスケ部の男子が使っていたのだ。
俺のアドバイス一つ一つをひたむきに受け止めてくれるのが、とても嬉しかった。
一人の2年生の子に冗談まじりではあるが「1さんが来てくれてホント助かった!」と言われて、
照れくさくて、でも感激した。
千景、という女の子だった。
ショートカットで淡褐色肌の、元気の良い子だった。
奈央以外で、この子が一番俺に懐いてくれていた。
このまま夏季大会まで、何もかもが上手くいって、
奈央の部活は大団円を迎えるんだろうな、と思っていた矢先。
大会まであと数日という日に、思わぬ出来事が起こった。
みんなも、俺も、すっかり慣れてきていて、
その日もいつも通りに部活が始まって、問題なく練習が進んでいた。
でも、朝から奈央の様子がちょっと変だな、と感じていた。
もちろん一番最初に部活に来て(奈央はいつもそうだった)
いつも通り精一杯声を上げて頑張っていた。
でも、心なしかいつもより笑顔が少ない気がした。
それを感じ取っていたのは俺だけではなかったらしく、
何となく部活全体に、不安な雰囲気が漂っている気がした。
今まで、この部の雰囲気を作っていたのは、
奈央の笑顔だったのかもしれない、と俺は感じた。
スパイク練習になると、それはより如実になった。
いつも調子よく決まる奈央のスパイクが、この日は全然決まらなかった。
何度やっても、ネットに引っ掛けてしまった。
奈央自身それが納得できないようで、悔しそうな顔をしては下を向くだけだった。
失敗しても明るい、いつもの奈央ではなかった。
それに呼応してか、他の子たちの調子も良くない方に向いている気がした。
俺「調子悪そうだけど、大丈夫?」
俺がそう言って励まそうとしても、奈央はただ「うん」と言うだけだった。
何かがおかしい。それはもう明らかなことだった。
休憩時間に他の部員に、「奈央は大丈夫?」と聞いてみても、
「今までにあんまりこういうことはなかったです」と動揺していた。
その間も奈央は、体育館のすみに座ってタオルを被り、俯いていた。
千景「1さんは、花火見に行くんですか!」
俺「え、花火って?」
千景「今日、すぐそこで花火大会があるんですよ。知らないんですか?」
そういえば、おばさんからちらっと聞いていた気がする。
あの家の庭からも見れるんだ、ということを話していた。
千景「そうですよ!2年はみんなで行くかもなんです」
そう言っていると、他の2年生の子たちも寄ってきて、
「なになに花火?」「でも今日雨降るらしいよー」と話が膨らんでいった。
俺には、なんだかその千景ちゃんの様子が、
無理矢理にこの場の雰囲気を和ませようとしているようにも見えた。
慣例であるレギュラーメンバーの試合形式の練習になっても、
奈央の様子が変わることは一向になかった。
それと比例して、チームの調子もどんどん下向いているような気がした。
俺にはどうしたらいいか分かるはずもなく、
ただ外野から励ますことしかできなかった。
俺は、自分の経験を手繰り寄せて考えていた。
でも、俺が今のケガ以外でバレーに手がつかなくなったことはなかった。
だから、奈央の気持ちが分からない。
どうしたらいいのか、全然分からなかった。
俺にもう一度バレーと向き合うきっかけをくれた奈央。
どうにかして助けてやりたい。
でも今の俺には、それに気づいてあげられるだけの力も、経験もないのだ。
部活のコーチだなんて息巻いて、こんな時助けてやれないんじゃ、何の意味もないんだ。
やっぱり、俺にバレーは……
千景ちゃんに声をかけられた。
千景「良かったら、居残り練習付き合ってくれませんか?」
練習が終わって、ほとんどの部員が帰った後だった。
当然、奈央も俺より先に帰っていた。
俺「いいけど、今日はネットの片付けは…」
千景「午後、男バレがそのまま使うんで、立てっぱなしでいいんです」
そう言うと、千景ちゃんはボールを持ってきて、俺の方に投げた。
「お願いします」と言ってにこにこ笑ったので、俺もなんだかほっとした。
俺「オッケー。あ、でも」
俺「部室、閉まっちゃわない?」
千景「奈央先輩に言って、鍵を預かってるので大丈夫です」
俺「それならいいね」
俺は千景ちゃんに向かって、軽めにボールを打った。
彼女は2年生だけど上手くて、リベロとしてレギュラーになっている。
千景「奈央先輩から、よく1さんの話を聞いてました」
俺「え、どういうこと?」
唐突のことで、俺はちょっとびっくりした。
千景「1さんの事も、よく話題に上がるんです」
千景「なんか、楽しそうで」
千景ちゃんはそう言ってくすっと笑った。
その言葉に、俺は胸がいっぱいになったような気がした。
俺「本当に?本当なら…良かった」
千景「何がですか?」
千景ちゃんの問いに俺は少し言葉が詰まったけど、頑張って続けた。
俺「だって、いきなり居候とか言って知らない奴が家に来たら…普通は嫌じゃん」
千景ちゃんは「確かに!」と言って笑った。
千景「すごく優しい人なんで、そういう事は考えないと思います」
千景「逆に、無理矢理部活に誘っちゃって迷惑じゃないかなぁって、すごく気にしてました」
俺もそれを聞いて、思わす笑いがこぼれた。
お互いに、とりこし苦労をしていたということなんだろうか。
俺は先程まで抱えていた不安を、千景ちゃんに話してみようと思った。
何か、この子になら話してもいいように思えた。
俺「奈央は、大丈夫かな。今日、絶対普通じゃなかったよね?」
千景「そうですね…かなり落ち込んでましたね」
俺「俺、何かできることないかな。何も分かんなくてさ…」
俺がそう言うと、千景ちゃんはきょとんとしてこちらを見つめた。
千景「いえ、やっぱり1さんは良い人なんですね」
俺「やっぱりって?」
千景「こっちの話ですw」
ちょっと考えると意味が分かった気がして、なんだか気恥ずかしかった。
千景「奈央先輩、ふられちゃったんです」
千景「だから落ち込んでるんだと思います」
俺「へ?」
千景「これ、先輩には言わないでくださいね…」
俺「うん、もちろん。言わないよ」
千景ちゃんがあまりに突然な事を言い出したので、俺も対応がしどろもどろになった。
俺「え?」
俺「ニシ君じゃないの?」
千景ちゃんは目を丸くして俺の方を見た。
千景「西って…野球部の西先輩ですか?」
千景「どうして西先輩なんですか?」
俺はちょっと困ってしまったが、言葉を振り絞った。
俺「だって試合の時にお守りを…」
千景「お守り?なんでそんな事知ってるんですかw」
千景ちゃんは転がったボールを拾いながら、再び俺の方を見た。
俺「試合の時、俺が車で送ったんだけど…その時に持ってたから」
俺「そうなのかなって思ってた」
千景「それ、女バレみんなでやったやつですよ」
俺「えー、そうだったの?でもなんで…?」
千景ちゃんは楽しいのか、にやにやしながら話を続けた。
千景「うちらが総体に出た時、偶然野球部の人たちが応援に来てくれて」
千景「そのお返しをしようって、みんなで作ったんですよ」
それを聞いて、体から力が抜けた。
あのお守りは、そういうことだったのか…
勝手に決めつけて、一人で盛り上がっていた自分が何だか恥ずかしい。
そして千景ちゃんは、依然として笑みを浮かべたままだった。
俺「え、そうなの!?」
千景「告白されて、断ったって言ってました」
千景ちゃんはそう言うと「あれは超驚いたな~w」と笑っていた。
俺はそれを聞いて、呆然としていた。
千景「1さんは校外の人だし、心配してたから色々話しましたけど」
千景「この話、絶対奈央先輩には秘密ですよ」
千景ちゃんの真剣な眼差しが俺を捉えていた。
俺はその念押しに、黙って頷いた。
俺はとんでもないものを拾ってしまったのかもしれない。
ニシ君は、奈央が決して自分を見ていないことを知っていた。
それでもあのお守りを受け取って…どんな気持ちだったのだろう。
あの日、あそこに落ちていたお守りは…もしかしたら本当に。
俺の脳裏に、ヒットを一本も打てず、試合後泣き崩れていたニシ君の姿が蘇った。
全ての窓を開け放していたものの、真夏の暑さで汗が吹き出た。
それでもこの日は曇っていたから、暑さはマシな方だった。
しばらく黙って、レシーブ練習や対人を続けた。
俺「辛そうだし、何かしてやりたいけど…」
そう言うと、千景ちゃんは真面目な表情になって俺を見た。
千景「無理して考えなくてもいいと思います」
千景「奈央先輩って、あんまり人に弱音を吐かないんです」
千景「今回のことは、私にもあんまり話してくれませんでした」
千景「だから、もしも何か言われたら、その時にちゃんとこたえてあげればいいと思います」
俺はその言葉に何度も頷いた。
何か言おうとしたけど相応しい言葉が思いつかなくて、ただ黙って頷いた。
俺のポケットに入っていたスマホが震えたのを感じた。
早く帰って来て
対人して欲しいから。
俺「…奈央からだ」
千景「え!先輩からですか?」
画面を見せると、千景ちゃんも俺も黙ってしまった。
でもすぐに千景ちゃんは俺の顔を見上げて、言った。
千景「こたえてあげてください」
その表情はどこか、少しだけ憂いを帯びていた。
俺は「ああ!」と言い切って走って体育館を出た。
むわっとした湿気を纏った熱気を感じた。一雨来そうな感じだった。
駐輪場の端っこに止めてある自転車にまたがって、
俺は前のめりになってペダルを踏み出した。
校舎の脇を歩く野球部の一団と目が合った。
俺はなりふり構わず、立ちこぎで自転車を思い切り走らせた。
遠くで落雷の音が響いた。その音が、俺の焦燥感を煽った。
奈央が待ってる。あの庭で、奈央が待ってる。
その一心だったのだ。
奈央が落ち込んだり、怒ったり、笑ったりしていたのは、
恋をしていたからなのか。
奈央が朝一で部活に行った時は、いつも隣のコートに男子バスケがいた。
初めて部活に行ったあの日、俺と別々で体育館に入ったのも…
そう考えると、全ての辻褄が合ってくるような気がした。
でも何故だか、その全てが壊れてしまうような不安を覚えた。
奈央はバレーが大好きな女の子。
俺に、もう一度前を向くきっかけをくれた人。
何がどうなろうと、俺にとってはそれが全てだったのだ。
だから俺は、無我夢中で坂道に向かってペダルを踏み込んだ。
きっと、ボールを持って待っているに違いない。
山の方から聞こえてくる蝉の声が、頭の中で反響する。
水道と花壇の間に自転車を立てかけて玄関に走ると、
そこには奈央がボールを抱えて座っていた。
俺は「いた…」と言って膝に手をついて息を整えた。
奈央は驚いた様子で俺を見上げた。
奈央「そんなに急いで来たの…?」
俺「だって、対人したいんでしょ?やろうぜ」
俺はぜえぜえと息を上げたまま答えたが、
自分でも質問の答えにはなってないなって分かった。
奈央も「うん…」と申し訳無さそうに立ち上がった。
奈央が打たずにボールを抱えたまま立ち尽くしていたので、
俺は「来い!思いっきり打っていいよ!」と声をかけた。
奈央はそのまま、黙ってこちらを見てボールを打ち込んだ。
レシーブする。トスが返ってくる。打つ。トスを上げる。レシーブする…
そんなことを何周繰り返した頃だろうか、
ぽつぽつと、雨が降ってきた。
小雨というわけではなく、すぐに勢いのある雨となった。
ただ奈央は、雨が降ってきても対人をやめる素振りは見せなかった。
なので俺も濡れることは気にせず、それに付き合った。
奈央「あは、やったぁ。これだけ雨が降ったら今日の花火は中止かもね」
不意に奈央がしゃべり始めて、雨の中で力のない笑顔を浮かべた。
俺「まあ、そうかもね。花火、行かないの?」
俺がそう質問しても奈央は答えず、再び黙って対人を始めた。
奈央「1は、花火大会とか行った事あるの」
俺「そりゃあ、あるさ」
奈央「女の子と一緒に?」
俺「それは言いたくないな」
言いたくないというよりも、女の子と一緒に行ったことはなかった。
だが、そんな事を真正直に言うのも気が引けた。
突然核心に触れる言葉が飛び出し、俺は動揺を隠せなかった。
俺「そっか…まあ、そういうこともあるよ」
奈央「何それ」
奈央「もっと気の利いた事言えないの?」
俺は何て言えばいいのか分からなかった。
ただでさえ雨の中で対人をしていて、頭が回らなかったのだ。
奈央を助けてやりたい。助けてやりたい!
そして無意識に想いが溢れ出た。
俺「俺が全部キャッチすっから!!」
叩きつける雨の中で、奈央がこちらを見て立ち尽くした。
その姿は、何かに怯えているように見えた。
俺はそれを見て胸が張り裂けそうになった。
俺「大丈夫、俺は絶対ここにいるから」
俺「全部、受け止めるから!」
奈央は黙ってボールを掲げた。そして俺の方に向かって思い切り打ち込んだ。
俺はそのまま奈央が打てるように、高々とレシーブを上げた。
天高くボールが舞い上がり、奈央がそのまま腕を振り下ろす。
打ち続けるうちに、奈央は鼻をすすり始めた。
そして、打ったかと思うと、ボールを真下に叩きつけた。
奈央はそのまま「うあああ」と声を上げて泣き始めた。
叩きつける雨音の中に、奈央の泣く声が入り混じった。
目の前で、雨に打たれて嗚咽している奈央。
手の甲で何度も何度も顔を拭った。
俺はそれを、唇を噛んで見ていることしかできなかった。
泣いても泣いてもおさまらないようで、ずっと声を上げて泣いていた。
しばらくして、不意にボールを拾い上げたかと思うと、
そのまま俺に向かって打ち込んできた。
俺は突然のことで反応できず、ボールをはじいてしまった。
降りしきる雨の中で、奈央は俺に向かって満面の笑顔を見せた。
服も髪も、びしょ濡れになってぐしゃぐしゃの奈央。
けど、その笑顔は俺が今まで出会ってきた中で、飛びきり一番の笑顔だった。
「奈央」
俺は思わず、奈央の名を呼んだ。
奈央は両手で目元をこすっていた。
奈央「まだ、悲しいけどね」
俺「そりゃ、そんなすぐには全部忘れられないよ」
奈央「あれ、まるでそういうことがあったっていう口ぶり」
俺はそう言われて「ないよ」と笑った。
奈央の元へと駆け寄り、「風邪ひくから中入ってすぐ着替えな」と言った。
奈央は俺の顔を真っ直ぐに見上げた。
奈央「ありがとね。こんな事に付き合ってくれて」
そう言う奈央の目は真っ赤に充血して、涙が溜まっていた。
俺がそう言うと、奈央は笑って「そんなことないよ」とつぶやいた。
「なんかめっちゃ鼻水出ちゃったw」
「きたねえな、顔も洗っとけw」
俺たちはそんなやりとりをしながら、家の中へ戻った。
この日この時、俺の前で見せた奈央の表情はずっと忘れることができない。
ただ、この出来事があったから、俺の新しい夢への想いは確信へと変わりつつあった。
もう、昔を思い出して嘆いているだけの俺はいなかった。
前を向こう、これからの未来を考えよう、そんな想いがふつふつと湧いてきていた。
気持ちの良い夕空が広がっていた。
東の空は暗闇に溶け込み、西の空は橙色の波を帯びていた。
これならきっと花火大会もあるだろう、そんな風に思った。
おばさんに呼ばれて居間に下りると、その団欒の中に奈央がいた。
奈央は少し目を腫らしているように見えたが、
家族の中でいつも通りにご飯を食べていた。
ただ、テレビを見ながら力なく笑っている奈央の姿が、俺の胸を騒がせた。
自分でもよく分からないが、いつも通りにしている奈央を見て胸が傷んだ。
すると、外から「ドドドン!」という音が聞こえて、
麓の方角で花火が打ち上がるのが見えた。
「こんなによく見えるんだな」と感激して、すぐに1階へ下りた。
俺「花火、始まりましたね!」
おばさん「そうね、よく見えるでしょ」
縁側では、おじさんとおじいちゃんがガラスの灰皿を置いて、二人でビールを飲んでいた。
テレビの前で、奈央が浮かない様子でスマホをいじっていた。
そう言っておばさんは居間のテーブルにぶどうを3房ほど出してきた。
俺「これって、もしかして隣の畑のやつですか?」
俺が興奮して聞くと、おばさんは
「そう。1君が奈央と一緒に水あげてくれたやつ」と言って笑っていた。
横にいた奈央に「な、これなんてぶどうなの?」と聞くと、
「巨峰だよ、一番美味しいやつー」と力のない返事をされた。
俺「これって、俺らが水あげたやつだよな?それが食べれるって凄くね!」
俺が興奮してそう言うと、奈央は笑っていた。
奈央「何いってんの、大げさだなぁ」
あの時、奈央は大口を開けて笑っていた。
すごく楽しそうだったと思う。
ここに来てから、本当に色んな奈央の表情を見てきた。
大口を開けて楽しそうに笑う姿や、いたずらっぽくにやにや笑う顔、
バレーに対する真剣な眼差しや、落ち込んで下を向いていた表情、
そして土砂降りの中で見せた泣きっ面に、満面の笑顔…
その全てが俺の心に強く残っていて、その全てが奈央だった。
そして、その沢山の表情に、俺は動かされ、変わってきていた。
俺の心に残したくないな、と感じた。
そんな瞬間、奈央の口からぽろっと言葉がこぼれ落ちた。
奈央「花火…行きたかったな」
その言葉を聞いて、心臓が大きな音を立てたのが分かった。
色々と考えてしまう前に、すぐに口から気持ちを吐き出す。
奈央「は?何いってんの?」
奈央が右手にぶどうの実を持ったままこちらを見た。
俺「行きたいんだろ。まだ全然間に合うじゃん。」
俺「一緒に行ってこようぜ」
奈央は俺から視線を外して下を向いた。
奈央「え、でも…」
奈央「1だって勉強があるし、もうこれ以上色々迷惑かけれないし」
俺「そうじゃないよ」
俺は強く言い切った。
俺「俺が行きたいんだよ、俺が。だからさ、一緒に行こうよ」
奈央「はー…?」
奈央は返答に困ったららしく、目をきょろきょろさせた。
俺「行こうぜ。自転車で下ればすぐだろ。な、奈央」
奈央は少し「うー…」と首を傾げて考えてから答えた。
奈央「いいよ…」
俺はそれを聞いた瞬間、ぱっと心が晴れて「おっしゃ!」と口走ってしまった。
俺「どうしたん?」
奈央「準備するから、待ってて。分かるでしょ」
そう言われて俺は落ち着かず、家の外の玄関の前に座って、
一人で遠くに打ち上がる花火を眺めていた。
ドン…パラパラ…という音が光から数秒遅れて聞こえてくる。
遠くで小さく瞬くだけの花火は、見ていて物悲しく感じた。
蒸し暑くて、Tシャツ1枚とステテコという軽装だったのに汗が滲んだ。
俺はぼんやりと、考え事をしていた。
これから奈央はどんな格好で出てくるんだろうなぁとか、
奈央と二人で花火を見るのはちょっと照れるなぁとか、
これから、俺はどうしていこうか―とか。
しばらくすると、玄関の戸が開いて奈央が出てきた。
奈央「おまたせ…」
俺は奈央の姿を見て「おっ」と声が漏れた。
奈央はシンプルなカットソーとスカートで出てきて、長い髪に帽子を被っていた。
普段は部活着か制服、部屋着しか見たことがなかったので、
私服を着ている奈央は少しだけ垢抜けていて、新鮮だった。
奈央「ハットだよ、ストローハット。バカ」
俺「それ被ってくのかw」
奈央「もう、あんま茶化すなら行かないよ」
そう言って奈央がむくれてしまったので、俺も
「嘘だよ、似合ってる」と気恥ずかしい事を言ってしまった。自業自得だ。
奈央「だって学校の誰かに会うかもしれないし」
奈央「変な格好してるの見られたくないでしょ」
俺は確かにな…と思いつつ一つ引っかかった。
俺「え、でもさ。俺と一緒にいるとこ見られていいの?」
奈央「大丈夫でしょ別に。それに1は学校の人じゃないし、東京に戻っちゃうんだから」
俺「ああ…」
俺はそれを聞いて思い出してしまった。
最近は過去を振り返って落ち込む事もほとんどなくなっていた。
その全てが今の暮らしが充実していて、楽しかったからだ。
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