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四つ年上の姉の話である。
人には視えないモノを視て、日常と非日常の混ざった不思議な世界に身を浸した、それでも快活な姉の話だ。
姉の視る『異界』を、俺は共に在る時だけ共有することができた。 不可思議でおぞましく、けれど何処か心惹かれる、恐ろしいけれど尊いこともあった、理解しがたい数々の世界を。
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怪談や都市伝説、オカルトにはブームがあるような気がするが、当時小学生だった俺と姉の世代にもそういう時期があった。
学校で起きてしまう様々な説明のつかない事故。
怪我人が出ても止まらない当時の同じ学校の児童は、好きなものにハマッて熱狂するというよりは、狂乱していたと言った方が伝わる気がする。
怪談の無いはずの小学校にいつのまにか産まれ、増えていき、最終的に『七不思議』として完成したアレら。
それで被害が出ても、喜ぶ児童達。
あれは明らかに異常な状態だったと、俺は今でも思う。
今日はその中から一つ。
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『一三階段の呪い』について話させてほしい。
俺と姉が引っ越して通っていた学校は本当に田舎にあった。 四方を山に囲まれ、少し視線を向ければ田んぼの棚田が綺麗な段々を描いている。
森の中の山道は格好の遊び場で、カブト虫やクワガタと捕って競ったり、友達と桑の実を食べ合ったり、なんかよくわからないトゲっぽい実を投げ合って服にひっついて取れない実と悪戦苦闘したり。
何もかも子供心に新鮮で、楽しい日々だった。
学校の怪談が児童達の間で流行りだしたのは、図書室にはいった『学校の怖いはなし』シリーズが最初だったと思う。
普段図書室なんか使わず、サッカーやバスケットボールで遊ぶ男子達まで、集まってはみんなで読み回し、 オバケがいるだのいないだと、デタラメといいつつ女子を怪談ネタでさらに怖がらせたり、なんのことは無い、 よくある日常のはずだった。
最初は。
書き忘れていたが、俺の姉の特徴のようなものを今まで書いてなかった気がするので、ついでに書いておこうと思う。
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一言でいえばものすごい本好きだ。
しかも読むのがめちゃくちゃ早く、どの本のどこに何の話があったかまで覚えてられるような、妙な特技を持っている。
これは単純に小さい時からの話で、絵本から始まって文庫に至り、俺だったらすぐに閉じて読むことを拒否するような分厚い2段組の小さい文字で書かれた辞書に似た類いの本まで、活字と在れば楽しんでいたような人だ。
小学校の時の自分の愛読書はこれまた字の細かい二段組の『世界の童話』、それからかなり大判で重い『日本のむかしばなし』だった。
『日本のむかしばなし』はふしぎなはなし、楽しいはなし、すこし怖いはなし、わらいばなしの四項目に分かれていて、読まれ過ぎたその本はある日無残にも真ん中から割れたという逸話がある。
本を割るほどに読み込んだ姉はめちゃめちゃへこんでいた。
もう一つは探究心がものすごく旺盛だということ。
夏休みの課題で誰もが嫌がる自由研究を喜々として、引っ越した先の『郷土研究』としてまとめて提出したり、 本から覚えた知識で実際に草木染めを作ってみたり。
調べること、実践すること、探求することに並外れていた。
あと、着眼点も変だった(俺にとっては)。
両親が共働きだったから、姉が物心つくころ育ててくれたのは祖父母ということになる。 祖父とキャッチボールをしたり、祖母と庭の手入れをしたり、それが父と母で無いというだけで、おおむね普通の生活をしていた。
ただ、祖父母が相手だから昔の話を聴く機会は多かったのかもしれない。
俺は小学校の頃はだいたい友達と遊んでいたぐらいの記憶しか無い。
ようは楽しい記憶が多いということで、それは俺にとっては幸せなことだった。
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脱線はこれぐらいで、肝心の七不思議『一三階段の呪い』について話そう。
何度か書いてきたが、姉の話によると俺たち姉弟が通う学校に元は怪談なんて存在しなかったそうだ。もちろん七不思議も。
それが姉が小学校に転校してすぐにオカルトブームに行き当たり、その流行と共に産まれて、通っているうちに七不思議は増えていき、実際に被害が出て、七不思議として完成してしまった。
無かったことが、それこそ何十年も前からあるように皆が話すようになった。
築何年か不明の木造校舎は雰囲気たっぷりで、児童が怪談を期待するには十分過ぎるほどの場所だった。
しかも元は墓地で、そこを潰して建てられている。
流行にのった誰もが、恐れながら期待しながら、怖い出来事を待っていた。
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七不思議『一三階段の呪い』とはこんな話だ。
放課後、誰もいない時に一人で行わなければいけない。 誰もいないことを確認したら、踊り場に立ち、まずはそこから二階へ向かって階段の数を数えながら昇る。
この間、決して言葉を発してはならない。
頭の中で階段の数を数える。
二階に着いたら、今度は踊り場を目指して同じように階段の数を数えながら降りる。 昇った時と降りた時で階段の数が違わなかったら成功。
願い事が叶う。
もし、昇りと降りで数が違い、一段増えて十三階段になっていたら、あなたは呪われる。 単純といえば単純。
呪いといいながら、要は願い事を叶える儀式なのだ。
いかにも子供らしいというか。
だが姉はこの間、オカルトへの熱狂を眺めている時、終始不機嫌そうだった。 だいたい笑顔の姉には珍しく、しかめつらの日々が多かった。
それも『うぶすな』の沼を訪れる前の話だが。
沼に行った以降、姉は元の快活さを取り戻した。
あの時は不機嫌だったのではなく、もしかすると原因を考察していたのかもしれない。 話は子供が考え出した、稚拙な願い事を叶えるための儀式では終わらない。
七不思議 『一三階段の呪い』は正しく機能した。
あなたは呪われる。 つまり、犠牲者が出たのだ。
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とある日学校に着くと、なんだか空気がざわついていた。
ひそひそと陰で集まって何事が話しているグループがあちらこちらに。
意味がわからず下駄箱で靴を履き替えて教室に向かおうとすると、階段付近が大騒ぎになっていた。
渡り廊下で泣いている女子もいる。
すぐに先生達の大きな声が聞こえてきた。
「近づくんじゃない!」
「大人しくして!みんなは一年生の教室か図書室、階段の近くが嫌な子は体育館にいなさい!!危ない事はしちゃだめですからね!!」
姉が踊り場を睨むように見据えていた。
そこには、腕の関節が妙な方に曲がり、片足が完全に折れて泣きわめいている一人の女子の姿があった。
姉の一つ年下の学年の、学校のごく近所に住むYちゃんだった。
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細めの体格で髪を長く伸ばし、優しい美少女お姉さん風の女子だ。
男の先生は痛がってなおあばれようとする女子生徒を押さえ、できる限りの応急処置をしていた。
「痛い痛い痛いいいぃ!!助けて!助けて放して!」
押さえ込む男の先生は汗だくだった。
どれぐらい前から、この状態が続いているのだろう。 Yちゃんは長い髪を振り乱し、一部は汗で張り付かせ、普段の優しげな顔からは想像できないような険しい形相で、
「「は な せ えええええええええええ!!!」」
一声叫ぶと目をぐわっとかっ開き、口の端に泡をしたたらせ濁ったような声で、女子が押さえつける先生の腕に思い切り噛みついた。
直後救急車が到着し、担架に乗せられ女子はあばれないように固定されて、搬送された。 昼休みは当然大騒ぎになり、噂を口々にいう児童と、否定して回る先生達とで異様な状態だった。
午後の授業もみんなうわの空。
後日、校長先生から保護者も集めての『事故』に関してのお詫びとより安全に配慮するという挨拶が行われたが、児童の中で納得している者はたぶん誰もいなかった。
これが初めの年の出来事。
Yちゃんは呪われたんだという者がいたり、呪いなんてあるわけないという者がいたり、Yちゃんが退院して帰ってくるまで、好き勝手に噂は続いた。
けれどYちゃんが無事に戻ってくると、そんな噂も立ち消え、もとの学校生活が戻ってきた。
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Yちゃんの家は「石屋」と呼ばれている。
田舎だから屋号で呼ぶ風習が残っているのだ。
うちが「とや」と呼ばれるように。
「石屋」とは文字通り庭石を扱ったりなんだりする仕事だが、その仕事のほとんどは墓石を作り、 設置するもので田舎では特に重宝されていた。
翌年もYちゃんは階段から落ちて骨折した。 一人で発見されて、半狂乱の姿を見せて、入院から帰ってくるとけろりとして松葉杖をついている。
他の誰も落ちない階段で、Yちゃんはその翌年も落ちた。
他の誰もがどれほど試したかわからない願いを叶えるおまじない。
効果がなくて、ただ昇りと降りで数が合うだの合わないだのの、ただの肝試しと成り果てた『一三階段の呪い』で、 たった一人、ただ一人、Yちゃんだけが三年間連続して落ちて骨折した。
みんなもう、ただの連続とは思わなかった。
本当に呪われたのだと、そんな空気が言葉にせずとも流れていた。
もともと肌の白いYちゃんはなんとなく遠巻きにされるようになったせいか、ますます青白くなり、目に見えて落ち込んでいた。
「あ、とうま君」
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ある日校庭に俺の姿を見つけたYちゃんが近寄ってきて、力無くひらひらと手を降った。
「とうま君、私なにかしたかなあ」
校庭に一定間隔で半分だけ埋められたタイヤ群、通称「連続飛び箱」と呼ばれている遊具を腰掛けがわりに座り、 俺はYちゃんと少し話をした。
「骨折して運が悪かったなあとは思ってたけど、まさか続くとは思ってなかった。なんかみんなよそよそしいし、 最初は不注意だって怒ってたお父さん達は、この間町に連れて行っていきなり『お祓い』してもらえって、 わけわかんないことされるし」
「おはらい?」
「そう、意味わかんないよね」
「わかんないって、Yちゃんの一三階段のことなんとかしようとしたんじゃないの?」
「なにそれ?」
「だから七不思議の……」
「ストップ!ストップ!!」
俺が七不思議について話そうとした途端、Yちゃんは耳を塞いで大声で俺を制止した。 そしてそろーっと目を開け、耳から手を放すと、
「それ怖い話?怖い話だよね?七不思議ってそうだよね?ごめん、無理!私怖い話とか聞くのもTVとかで見るのも絶対無理なの。 怖いの苦手で、苦手っていうか嫌いで」
「え?」
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俺はYちゃんの話に逆に驚いてぽかんとしてしまった。
「Yちゃん、願い事が叶うおまじないとかやったことない?」
「ないない。だって、効かないもん。好きな人と両思いになるのに消しゴムに名前書いて、誰にも知られないように使い切るとかでしょ?そんなことしても両思いにはならないと思う。それより、自分が好かれるようなことした方がいいって。相手の好みを知るとか、一緒に遊んでみるとか」
話してわかったことは、Yちゃんが怖い話関係は一切関わらないようにしていること。 だから学校の七不思議も当然知らないだろうこと。
つまり 『一三階段の呪い』を実行したとは思えないこと。
俺は自分なりにYちゃんから聞いた話を姉に伝えてみた。
すると姉は「どうりで」と一言呟いて、その日はそれっきりになってしまった。
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次の日の夕方だ。
姉は俺に、用事があるから先に帰れと言ってきた。 高学年になった姉は児童会に所属していたから、色々と忙しかったのも事実だった。
俺は俺で『うぶすな』の件が気になったし、先に帰ることにした。
だからここから先は、姉があの時いったい何をしたのかを聞きだしてわかったことだ。
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俺が帰宅で学校を出たのを確認し、姉は『一三階段の呪い』を実行したのだそうだ。
ただし、素直には実行しなかった。
階段の数も数えなかった。
踊り場で手を叩き、小さな声で謳いながら、それを始めたそうだ。
「おにさんこちら、てのなるほうへ」
「おにさんこちら、てのなるほうへ」 二度謳って、昇り始める。
手は叩いたまま、童謡『はないちもんめ』の言葉を変えて。
「刈って嬉しい骨折れ花を、集え楽しき一三階段」
「あの子がほしい、あの子じゃわからん」
「この子がほしい、この子じゃわからん」
「集まれ、怪談のまじないご」 二階まで辿り着いたら、今度は降りで同じ事を。
「集まれ、階段の呪い子」
くるりと振り向いたそこには、数人の児童が音も無く立っていた。
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感情の無い、人形のような眼差しがいくつもならぶ。
「お前達のやったことは他愛ない子供の遊びかもしれないが、被害が出たのにやめなかったお前達は今やおにの子だ。 人を呪わば穴二つ。人の子の嫉妬、鬼の子の呪い、等しく還れ。業よ還れ」
柏手を高く二度打ち鳴らす。
「この場所に怪談は存在しない。嫉妬と妄信でできた七不思議『一三階段のおまじない』、宿り子はもう無い。 お前も無かったのだから無きモノへ還れ」
踊り場を打ち鳴らすようにだんっと踏み、さらに柏手を一拍。
途端、ぐたりと力を失い、踊り場に集まった児童は姉の足下へと倒れ伏した。 俺が見つけたのは、ちょうど祓いが終わった瞬間だったらしい。
「秘密だよ」 口元に一差し指を当て、にやりと猫のように笑んだ姉。
その後は保健室へ行き、「怪談の踊り場で何人か倒れてましたよ」といけしゃあしゃあと報告し、慌てて見に行った保険医が職員室へ駆け込み、一時は騒然となった。
姉は当然事情を聞かれたが、「さあ、見つけただけなので何もわかりません」と平然と真実に蓋をしていた。
いや、この場合『クサいモノに蓋』だろうか。
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踊り場に居た児童は自分たちがどういう状態かわからず、しかしきつく叱られるうちに、七不思議 『一三階段の呪い』のやったことを全員が自白したらしい。
「目的は美人でもてるYちゃんが妬ましかったから、少し不幸な目にあえばいいと思った、だろ。男子から人気があるのも考え物だ。 嫉妬で複数の人間から同じ願いをかけられるとは」
「『一三階段の呪い』の話と違う。数が違わなかったから成功したってこと?だから願いが叶ったって? あなたは呪われるってのから無事逃げれたってこと?」
「違う。どうでもいいんだ、そんなことは。そもそも七不思議 『一三階段の呪い』ってヤツが、子供が考えたらしく、定義というか、ようはおまじないとしてのやり方が大雑把過ぎて、悪いモノが好き勝手し放題にできる、つけ込みやすい雑な作りだった。昇りと降りではどこから数えるかで段数が変わるんだ。
ここで『あなたは呪われる』は確定。
次に、そもそも悪い願いをされたのなら悪いことを起こして、更に信憑性を増すことで力を蓄えるのが、 悪いモノのよくある性質。悪い願いは叶うし、必ず呪われるんだ。
Yちゃんの家業がに近いから、余計に悪いモノはつけ込みやすかったのかもな」
俺は精一杯食い下がる。
「呪いとおまじないは違うと思う」
そこで姉は、あのニヤリとした笑みを浮かべ辞書を指し示した。
【呪う】
①のろう。のろい。神や仏に祈り他人に不幸をもたらす。
②まじなう。まじない。
「『一三階段ののろい/一三階段のおまじない』人が知識として知っているか、知らないかは問題じゃないんだな。
知られてなくとも効果はある。怖いものが嫌いなYちゃん本人が、こんな事をやるわけはないから不可思議だったが、これでYちゃんにはもう同じ不幸は起こらない」
ぞっとして俺は乱棒に辞書を閉じた。
「七不思議『一三階段の呪い』は消えた。今回はいい勉強になったよ」
夜空に瞬く星々を眺め、ぽつりと姉が呟いた。
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