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前回までの話
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姉が自分に襲いかかった理不尽な現象「彼女が最後まで抗った証」
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【続編】姉が自分に襲いかかった理不尽な現象「赤い鬼の世界」
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姉に襲い掛かかった理不尽な現象「蛍の光編」
四つ年上の姉の話だ。
不可解なモノ達が見え、そのモノ達と共に生きたり、時には対峙したりする道を選びながら人生を送っている、俺にとっては少し不思議な姉だ。
俺には霊感の類いは一切無いと思ってもらいい。
ただ、姉と一緒にいる時だけは、その『異質な世界』を俺も垣間見ることがある。
今後この話を綴っていくにあたって、今日は先に断りを入れさせていただきたいと思う。
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前回、『曾祖父の葬儀』という話をかかせてもらったが、その後、初めて俺の身単体に不可解と言えるかわからないが、
立て続けに書き続けるのが困難な状況が起こった。
新品に近いパソコンの立て続けのトラブル(五~六回)。
それから俺自身は今、ちょっとした理由があって化膿止めやら破傷風の治療をしている状態だ。 俺は健康優良な方なので、病院にお世話になるのも新鮮だった。
ようやく手を動かせる状態になり、今日こうして続きを書き始めている。
これが単なる偶然なのか、書き記したから何かが働いたのか、俺に判別はつかない。 先に書いたとおり、これはひとえに俺に霊能力的資質が0だからだ。
だからのんきに今日もパソコンに向かっていられる。
恐怖感は無いが、今後間が空いたら、『また何か起こったかな』ぐらいに思ってほしい。
今回勉強になったことは、「破傷風の治療は一ヶ月に一回の注射を三ヶ月続けねばならない」という医療的な知識だった。
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そろそろ本題に入ろう。
『曾祖父の葬儀』から帰ってきて、さすがの姉も普段の元気を失った。
口数が少なくなり、外へ遊びに出る回数が減った。
家の中がギスギスとした空間であったのは、当時小学生の俺にもさすがに理解できた。
そして、その頃俺たちが通っていた小学校は、『学校の七不思議』で実際の被害者が出るというかなり大変なことになっていた。
これは、別の話で書こうと思う。
ようするに、姉はたぶん疲れていたのだ。
突然降りかかった訳のわからない赤い鬼を中心とした危害やら、近しい人間の悪意やら、通っている学校の怪異やらが一気に重なって、小学校高学年にさしかかっていたとしても、子供が受け止めきるには過ぎたものだったのだろう。
大好きな探検にも出ず、学校で友達と笑っていても明らかに無理しているとわかる笑顔、姉は徐々に様々なものに追い詰められて摩耗していた。
そしてそれは、周りが理解しようとしても、感覚に違いがありすぎて理解ができないというジレンマを抱えたものだった。
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助けてほしいのに、助けの求め方がわからない。
助けたいのに、何をしてあげたらいいのかわからない。
そうこうしている間にも、学校の七不思議による被害者は増え、誰もが恐怖を隠しながら笑ってすごし、 『怖いことなんかそうそう起こるはずない』と自分に言い聞かせながら生活しているような、 大事な場所が『害意のあるナニカ』に日々浸食されているような、学校はそういう場所に塗り替えられていっていた。
いつもなら容易に対処してくれるはずの姉は、常に何か考え込んでいる風でもあり、学校のそこここで起こる流血沙汰を冷めた目で見ていた。
俺は血を流す友達を無表情に眺める……そんな姉が怖かった。
七不思議にまつわる『おまじない』や度胸試しは、実際の被害者が出ているのにも関わらず、のめり込む児童がほとんどだった。
先生達が注意を促しても聞ききれない、無法地帯になりつつあった。
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そんなある日の事だ。
いつもどおり朝の全校集会があり、学校で流行している悪い遊びに関して校長をはじめとする先生達からきつい叱りが続く、 普段よりも少し長めの朝会があった。
その日は反省させるためなのか、いつもは体育座りで聞く先生達の話を全ての児童が立たされた状態で行われていた。
ばたあああああああん!!
異質な音が体育館中に響き渡ったのは、朝会が始まってわりとすぐのことだった。
集められた児童は辺りを見渡し、小さい声で「今の音なに?」「さあ?」「またお化けかな?」などと無責任な発言をしていた。
音の発生源はわりとすぐに見つかった。
そこだけが丸く人垣が広く避けていて、先生方が慌てて走って行ったからだ。 俺も何が起こったのか確認しようとして、それはすぐに驚愕に変わった。
そこには、真っ青な顔をして倒れたまま動かない、姉の姿があった。
保険医が簡単なチェックを行ったあと、姉は男性教諭に背負われてすぐに保健室へと運び込ま れた。 弟の俺は当然ついて行った。
体育館はざわめきでいっぱいだったが、そんなのは知った事じゃない。
眠っている姉は唇まで紫で、先日目にした曾祖父の遺体を嫌でも思い出させた。 保険医がいうにはたぶん貧血だろうと、頭を打っているかもしれないから目を覚ますまでは起こさないこと。
派手な音はしたが、痙攣などもみられないし、安静にしていれば大丈夫だろうと。
俺は説明の間、姉の手をずっと握っていた。
かろうじて温かいこの手を離してしまうと、姉がどこかに行ってしまいそうな気がしたからだ。
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一時間もしないで姉は目を覚ました。
状況がわかっていないようで、自分が倒れたことにも驚いていた。 相変わらず顔色は良いとは言えず、すぐに早退の許可がおりた。
両親への連絡は姉が断った。
共働きだし、心配をかけたくないと。
だから代わりに俺が、付き添いで早退することになった。
『姉がもし途中で具合を悪くしたらすぐに近くの大人を呼ぶこと。その場合は病院に行くこと』と約束をして。
保険医は最後まで心配していたが、姉は姉で自分の状態をしっかり理解したようだった。
「帰ろっか」 「うん」 姉に促されながら、俺はその後ろ姿を追った。
通学路はとくに決まっていなかったが、その日はいつもとは違う道を姉は選んで進んだ。 いつもの通学路とは正反対の道だが、距離的には大して変わらない。
気分転換のつもりなのだろうと着いて行って、姉が横道に逸れたところで俺は初めて慌てた。 まっすぐに帰るとばかり思っていた予想が外れたこと。
それから、姉の進むそこは入ったことのない、言わば俺にとっては『知らない場所』だったからだ。
両脇にうっそうと茂る竹、綺麗に整えられた砂利道の先には石造りの鳥居。
しっかりと取り付けられた注連縄が古さを滲ませている。
参道だ。神社への。
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引っ越してきてからまだ一度も参ったことのない神社。
父親が迷信や田舎の俗習を嫌うから、そういった場所は自然とうちでは禁忌になっていた。 鳥居の向こう側で手招く姉の姿が、光の加減かやけに薄暗い。
そのくせ招く手だけは貧血の影響が残る青白いもので、鳥居を挟んで俺は何か得体の知れないモノと対峙している気がした。
「来ないなら置いていくよ?」
声音だけはいつもと変わらない優しい姉のものだ。 けれど表情がほとんど見えない。 口元だけが少しだけ笑みの形にほころんでいる。
逡巡は少しばかりで、俺は覚悟というまでもない、なけなしの勇気を振り絞って姉が招く参道へと足を進めた。
「鳥居は真ん中を歩いちゃダメだよ、神様の道だから。人間は端を歩くの」
ぼんやりと聞こえる姉の声に従って、その手をとり鳥居をくぐる!
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鳥居を越えた、ただそれだけなのに。
たったそれだけで、空気がすごく清浄な場所に来たことが俺にも感じられた。
内心に抱いた恐怖感が失礼なほど、その神社は整然と静謐にそこにあった。
笹の葉がならす葉擦れのさらさらとした音。
社を中心に木々が茂り、けれどそらはぽかりと空いて青空が眩しい。 俺と姉は普通に神社に手を合わせて、鐘をならして。 それで帰るのかと思いきや、姉はそこからさらに神社の裏手にまわり、短く草の刈り取られた一本の道を降りてゆく。
誰かの家の田んぼの畦道なのだろうそこを、何故姉が進むのか、俺には理解できずに、ただ姿を見失わないようについて行く。
家への近道でもないし、姉がよく探検に使う道でもなかった。
どこを目指しているのか、あるいはどこも目指していないで気まぐれに歩いているだけなのか。
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ほどなくして、俺たちは大きな沼に辿り着いた。
陽光を反射して湖面は鏡のように輝いている。 心地よい風が吹き抜けてゆくのに、水面には一切波立つ気配も無い。
こんな場所があったことすら、自分が住む土地なのに俺は今の今まで知らなかった。 姉は少し辺りを見渡して、深く息を吸うと沼のほとりに腰を下ろした。
「私たちはね、産まれる時はこっちに居たんだって。いや、産まれる前、お母さんのお腹の中に居た頃からかな」
「少し不安だった。曾祖父さんのお葬式以来、急に足下がぐらついた気がして」
「でも、ここが私の産まれた土地で、産土様に呼ばれて、だからもう、大丈夫」
ぽつり、ぽつりと語られる姉の言葉の意味はほとんどがわからなかったが、いつしか血色を取り戻して、 いつもどおり元気に笑む姉の姿を見て、俺は心の底からほっとしていた。
うぶすなさま。ここの神様の名前だろうか。
ねーちゃんを元気にしてくれてありがとうございます、心の中でお礼を言って、俺たち姉弟はその沼を後にした。
帰り際、振り返り様にみた沼はやはり静かに光をたたえ輝いていた。
鳥居をくぐると、もう夕暮れ時だった。 来た時はまだ青空だったのに、明日も良い天気を思わせる朱色の夕焼け空と雲が空のどこまでも広がっている。
そんなに長いこといたつもりは無いが、無意識にぼんやりして長時間経っていたのか。 家に帰ってからも姉は元気な様子で、貧血で倒れた話も自分から報告して、 祖母と母が『うちは貧血持ちの家系なんだ』と笑って、久しぶりに賑やかな夕食を過ごした。
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次の日、俺は気になって一人で放課後、その沼に向かってみた。
けれど進めども進めども田んぼばかりで、沼などどこにもない。 道を間違えたかと神社まで引き返すと、いつもはいない神主さんが境内を掃除していた。
「こんにちは!」
「おぉ、とやの孫さんか。珍しいな、一人か」
かくしゃくとした壮年の男性だ。ちゃんと神主の服を身につけている。
「あの、この先に沼があると思うんですけど、どの道ですか?」
俺が聞くと、神主さんは一瞬きょとんとして、それから大声で笑い始めた。
「無い場所には行けんよ、坊主。沼があったのは昔も昔、田んぼができるその前だ。なんだ学校の社会の勉強か?」
そんな馬鹿な…… 挨拶もそこそこに、俺は未だ学校にいるはずの姉の元へと走って戻った。 姉は俺を見つけ、俺の顔色を察し、何があったかを理解したようだった。
口に一差し指をあて、声を出さずに、『秘密だよ』 場所は学校側にとって一番の問題となっている『学校の七不思議 一三階段の呪い』と呼ばれる踊り場。
姉の足下には何人かの気を失って倒れた生徒。
しかしその日以来、七不思議の一つ『十三階段の呪い』は失われた。
「あの沼はなんだったんだ、姉ーちゃん。俺一人じゃ行けなかった」
「当たり前だ、あれは神様の坐す沼。お前一人で行けるはずもない」
聞いたことのない口調で姉が語る。
「招かれたから行けたんだ。この世であってこの世では無い神聖な場所。私はとうに護られていた。 ただ、視えなかっただけだったんだ。境界なんか、本当は無いんだ。境目を創るのは人の心だ。 どの『ヒビ割レ』も人のウチガワにこそ存在する」
暗がりをどこまでも見通すような瞳で、姉は語った。
聴いたことも無いような、薄く切り込むような鋭い言葉で。
「あの『赤い鬼』ですら、人のウチガワから滲み出たものなんだ」
姉が口調の『切り替え』を行うようになるのは、これ以降の話になる……
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