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『姉が自分に襲いかかった理不尽な現象「彼女が最後まで抗った証」』の続編です。
・姉が自分に襲いかかった理不尽な現象「彼女が最後まで抗った証」
俺には四つ年上の姉がいる。
よく不思議な体験をするが(普通の友達に言わせるとかなり怖い体験だそうだ)、わりとあっけらかんとその現象を乗り越えて生きている姉だ。
その姉が、初めて『恐怖』というものを覚えた日の話をしようと思う。
姉が小学校一年の一学期、俺がまだ保育園児で記憶もあまり定かで無い頃、俺達一家は父方の本家があるS市から、母方の実家へと引っ越した。
俺は物心つくかつかないかの頃だったし、どうして引っ越したのか理由も長年とくに考えたことは無かった。
俺達の父はその頃家で自営業をしていた。
だから幼い俺と姉、父は時間を長く共にすることは普通だったそうだ。
逆に母はパートで働きづめ、なかなか家にいることが難しかったらしい。
俺はその頃の事をほとんど覚えていない。
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いや、正確にはその頃だけじゃなく、不思議というより不自然なほどに、俺達一家を取り巻いていたらしい様々な『悪いもの』の記憶がほとんど抜け落ちてるのだ。
それは姉が『秘密の友達』から「赤い鬼に気をつけて」と奇妙な忠告を受けてから、一年も経とうかという、冬の日の事だった。
S市は雪の多い都市だ。
真冬ともなると、地吹雪が起きて一台前の車も見えなくなるようなことがある。
俺も免許をとってから友達のところへ遊びに行く時、一度その豪雪の中を運転したことがあるが、比喩でなく目の前が雪と風に覆われて見ることが困難で、冬の時期の運転は二度とごめんだと痛感したほどだ。
当然、積雪もかなりすごい。
高い雪の壁も珍しく無いし、雪祭りが行われる程度には雪の量が多い。
冬場の遊びと言えば、定番が自分の家の敷地内に手製の雪滑り台を作って、そりで何度も滑り落ちて楽しむことだ。
大概の子供は時間を忘れて遊ぶ。
あとはかまくらを作ったり、雪が降れば雪合戦も毎日のように行われた。
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俺にとってはぼんやりとだが、楽しい記憶ばかりだ。
姉にとっても、その日まではなんら変わらない冬だったはずだ。
余談になるかもしれないが、父はあまり子供を好く人では無かった。
俺達をというより、『子供』という生き物自体をうるさくて面倒なものだと思っていた感がある。
それでも我が子であれば、時間があればそれなりに遊んでくれてはいた。
俺は姉が『恐怖』を覚えたその日の出来事を覚えていない。
部屋の中で様子を見ていたと姉には教えられたが、一切覚えていない。
その日父は仕事が暇で、雪が降る中「遊んでやる」と、姉を外に連れ出したそうだ。 初めは普通にそり滑り、大きな雪だるまを作って、玄関のわきに飾った。
父が長時間まっとうに遊んでくれることが珍しかったせいで、姉は嬉しくなり、
「お母さんが帰ってきたら、このおっきい雪だるま一緒に作ったんだよって教えるんだ。お母さん、きっとびっくりするよね」 と、父を見上げて笑った。
それを聞いた父は急に機嫌を悪くしたようで、
「そうだな。寒いから、もう家の中に入るぞ」
と、唐突に遊びを止めて家の中に入ってしまったそうだ。
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姉は不思議に思いながらも、一人で外遊びを続けた。
家族分の雪ウサギを作ろうとしていたのだ。
一番大きいのがお父さん、次がお母さん、自分たちは子供だから小さいの、と。 四体の雪うさぎが完成した頃、雪は本降りになり、辺りも夕暮れで薄暗くなって一段と冷え込んで、さすがに姉も遊びは止めにしてこたつに入ろうと、自分についた雪をはらって玄関に入った。
雪で濡れた手袋を外し、外着も脱ごうとしたところで、姉は初めて、待ち構えたよう立つ父に気がついたそうだ。 父は先ほどと違い、たいそう機嫌が良かった。
にこにことした笑顔を姉に向け、「すごく面白い遊びをしてやるぞ、こい」と、姉の手を引いて二階へと上がって行った。
手を引かれるまま姉は二階の部屋へと入り、そこでまだ幼い俺が積み木遊びをしているのを横目に、父へ「何して遊ぶの?」と聞いたそうだ。
父は窓を開けると、「いっぱい降ってるなあ」と何やら感慨深げに空から降る雪を眺め、姉を招いたそうだ 。
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「お父さ……っ」
話しかけようとして、次に見えたのは重い灰色の雪空。
何が起きたのかもわからず、軽い浮遊感を覚え、次の瞬間には高く積もった一階ベランダ外の雪壁に叩きつけられる衝撃。
雪は固まると痛いのだ。
雪玉が当たると痛いように、降り積もって圧縮された雪壁は雪というよりはもはや氷の堅さに近い。
背中を強かに打ち付けて、二階から見下ろす父を見て、ようやく自分が二階から投げ落とされた事に姉は気づいたそうだ。
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父の姿が窓から消える。
背中が痛い、手袋をとって直に触る雪が刺さるように痛い。
必4の思いでずるずると雪壁から這い降りて、家に戻ろうとするとそこにはやはり父がいた。
いや、『居た』のは父だけではなかった。
父の陰、両足の後ろからチラチラとこちらを伺い嗤う、40cmほどの『赤い鬼』が二匹。
「楽しいなあ?楽しいな?ほら、もう一回行くぞ」
抵抗しても大人の男の力にかなうはずも無い。
ずるずると二階へ引きずりあげられ、その間周りで赤い鬼が姉の顔を覗き込んでは嗤う。 一面に開いた窓から投げ出され、階下の雪壁へ叩きつけられる。
冷たい。痛い。降りる。引きずられる。投げ出される。
何度続いたかわからない。
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いつしか父は鼻歌を歌っていた。
口を大きくつり上げたその顔は、顔を覗き込む赤鬼共とよく似ていた。
だんだん二匹の鬼は父の中に溶け合うようにして混ざり、父の顔色は赤黒く変化し、しかし陽気で、気味の悪い鬼そのものに見えたそうだ。
鬼に影は無かった。そもそもいつからいたのか。 もしかしたら最初から居たのか。
あぁ、『秘密の友達』だったお姉さんはこのことを言っていたのか。 気をつけろと言われたのに。
約束を守れなかった。 お姉さん、ごめんなさい。
気絶しかかった頭で、そんなことを考えたそうだ。
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いつの間にか、その『遊び』は終わっていた。
いつ解放されたのかも覚えていない。でも、痛いけど4んでない。
子供の頭で考えるには妙に冷静な思考で、それでも姉はふらふらとした足取りで家の中に戻ったそうだ。
父は普通に戻っていた。
いつもの、無愛想で、寡黙な父に。
ただ一つ、その背中の向こうから、赤い鬼達がニヤニヤと嗤っていた。
終わってないんだ。 子供心に、そう理解したそうだ。
雪壁の上の方がまだかろうじて柔らかい部分を残していたから、亡くならずに済んだのだろうと姉は今でも言う
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結局姉が一番恐怖したのは何だったのか。
それは、後に母の前でその出来事を訴えた時に、父がまったくの正気顔で、
「一階の窓から少し雪の上に投げてやっただけだろう。そんなに怖かったのか?あの日は雪も柔らかくて気持ちよかっただろうに」
と、むしろ不思議そうに口にしたことだそうだ。
悪意などひとかけらも無いように。
訴えは結局、思いの他怖がった姉の勘違い、という事にされてしまった。
「『赤い鬼』が関わるとな、あの人はおかしくなる。行動も、性格も、記憶もだ。 いいように改竄されて、あの人の中の本当がまるで変わってしまうんだ」
どうして、父が言うように自分の勘違いだと思わないのか、俺は姉に聞いてみた。
「自分の勘違いだと思いたかったさ。そうならそれでまるく収まる。子供が少し怖がりすぎて、記憶違いをしたんだってな。その方がずっと良かった」
少し遠くを見るようにして、その後姉は語った。
「翌日の朝は良く晴れていた。その明るい中、めった打ちしたみたいに壊された雪だるまと、子供の分だけがぐしゃぐしゃに踏みつぶされた雪うさぎを見なければ、父親にまとわりつく『赤い鬼』を、自分の幻覚で片付けることもできたのかもしれないのにな」
姉が長く付き合う事になる、『赤い鬼』の世界。
因縁は、まだまだ続く……
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