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若い……二十代前半位の女性。
肩までくらいの髪も、どこかの会社の制服と思しき衣類も全部が雨で濡れている。
思わず声をかけようとした私より先に女が言葉を発した。
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「峠を降りた○○まで乗せて下さい」
小さく、か細く……しかしはっきりと聞き取れる声だった。
女の申し出に、一瞬よく耳にする様々な怪談話を思い出す私だったが、その女の何とも哀しく寂しそうな顔への同情が恐怖を上回った。
いいですよ、どうぞ。
そう言うと私は助手席のドアを開けてやり、女に乗る様に促した。
ステップを踏み手摺りに手をかけ女が乗り込む時、ふと私は彼女の足元を見てやっぱりなと感づく。
助手席側や運転席側のドアを開けると室内灯が点くようにしてあった。
光があたれば物体は必ず影を残すはずなのに、彼女には影が無かった。
だが不思議と恐怖を感じないままに、私は彼女が助手席に座るとそっとドアを閉め、運転席へと乗り込み車を走らせた。
走らせながら彼女の横顔をチラチラと横目で伺う。
最初と変わらない寂しげな横顔のまま、言葉もなくただ俯き加減に座っている。
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意を決して私は彼女に勝手に、独り言のように話しかけた。
「悲しい事とか色々あったりしましたか?辛い事、悲しい事、何があったのか僕には分かりませんけどこんな所に居ては駄目です。
行くべき所があなたにはあるんじゃないですか?僕にはしてあげられない事かもしれませんが」
私の言葉に彼女は反応を見せない。
この峠を下り彼女の望む所までにはまだ二十分はかかる。 その間も私は構わず一方的な会話を続けた。
「○○にはあなたの何かがあるのかな?そこに行ってその後どうするんですか?またあの峠に戻ってしまうのですか? 繰り返しては駄目だと思います。次へ進まないと」
彼女はただ俯いたまま黙っている。
聞いているのかさえ分からないまま私は話しかけ続け、ようやく峠を下った。
突然彼女は前方を指差すと、「あそこで」とだけ言った。
なんの変哲もない住宅街への交差点だった。
私はハザードランプを点けトラックを停めると、彼女のほうを見た。
「ありがとうございました」 微かに聞こえる声だけ残して彼女は消えてしまった。
そしてもう一言、どこからともなく聞こえた「行きます」の声に私は安堵のため息を吐き出し、再び車を走らせ無事に会社に帰った。
後日、私はあの峠で起きた事件を同僚から聞いた。
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十年前、痴情のもつれから当時二十二歳の女性が亡くなり、捨てられたされていたのだと言う。
当時の彼女が住んでいた町こそ、私が彼女を降ろした住宅街だったそうだ。
その後あの峠で彼女を見る事もないまま、私は三年前に子供をもうけ幸せに暮らしていた。
生まれた女の子も大きな病気や怪我もなく明るい元気な子で、私は溺愛し娘も父親を慕っていた。
そして今年……峠の彼女の事も記憶から忘れていた私は、再び彼女と再会する。
9月の半ば、夜中に目を覚ました私が喉の渇きを覚え、台所で茶を飲み寝室に戻った時だった。
妻の横で寝ている愛娘が、布団から飛び出して寝ていた。
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なんて寝相だと苦笑しながら娘を布団に戻したその時……
娘が眠ったまま私の手を握り、
「ありがとう、あなたがあの時助けてくれたから私は今生きてます。本当にありがとう」と言った。
彼女の声で…… 娘の口で……
生まれ変わりなのか娘の口を借りただけなのか分からなかったが、恐怖は感じず不思議な温もりを覚えた出来事でした。
私も家族も何ら不幸なく平穏に過ごしてます……
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後日談
その後、新たな霊体験で私自身亡くなりかけ、また娘も関わってくる事がありました。 その話をさせて頂きたいと思います。
今年の2月の事でした。
隣県にて荷物を積み終わり会社へと戻る道中の事です。
時間は23時を回っていました。 朝からの雪で路面は轍の跡以外真っ白な状態で、山間部という事もあり凍結に注意しながら車を走らせていました。
私から見て右は山、左は歩道とガードレールがあり、50m下は渓谷でした。 軽い登り坂を越えようとした時、首筋あたりに嫌な悪寒が走り、耳鳴りがしてきます。
いつも首から下げているお守りを左手で握り、首の後ろにあてがおうとした時です。
突然前方に人影が現れました。
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私の進路上に立ち尽くしている……
慌ててブレーキをかけた為にタイヤがロックしスリップ……
ハンドル操作がほとんど効かぬまま人影へと……
当たる!……?すり抜けた?
カーブ出口はやや長い直線になっていたので車の制御を取り戻し、気持を落ち着かせます。 何の衝撃も無くすり抜けた人影は男でした。
男は作業服の様なズボンに半袖のTシャツで、冬の真夜中にはおよそ不似合いでした。 一旦広い路側帯を見つけ、念の為に車を見て回るも変形はおろか傷も無い。
浮遊霊の悪戯だろうかと勝手に推測し、再び車を走らせます。
一抹の不安がよぎり再びお守りを握ると、首から下げているお守りの紐が、音も抵抗もなく、 まるで結びめが自然にほどけたかの様にハラリと力無くお守りから垂れ下がり、そして再び悪寒が。
首筋……首の後ろが引き攣るような感覚。
耳鳴りと息苦しさまでも重なってくる。
全身の毛が逆立ってゆくのを感じました。
前方約50mには左曲がりのカーブ。ハンドルをきろうとするが身体が動かない!
金縛りだと理解する頃にはカーブが目前になっており、山側へと車は誘われるように…… 実際、誘われていましたね。
あの男が再び立っていたのだから。
普通ではあり得ない程見開いた4んだ魚みたいな目、裂ける程に口を開けている。
顔とは反対にスローな動きで誘う手。
正直、終わったなと思いました。
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そして要壁と要壁の間の沢、パイプのフェンスをなぎ倒して私と車は突っ込み、物凄い衝撃と頭に激しい痛みを感じると意識を失いました。
【後で聞いた話】
通りかかった地元の方の通報により私は救助され、病院へ搬送されたそうです。
上半身傷だらけで出血が酷かった上、フロントガラスの割れた所から冷たい沢の水をかぶり体温も低下。
搬送先の病院での処置が終わっても、丸3日昏睡状態だったと。
話を戻します。
4日目に意識を取り戻した訳ですが、その時の事ははっきりと覚えています。
意識の中なのか夢の中なのかは分かりませんが、私はあの男に連れていかれそうになってました。
見た事も無い崖の上で、私は崖を背に前に進もうとします。 が、あの男が後ろから私を崖下に引きずり込もうとしています。
前には恐らく私が引きずられてきたであろう跡が続いていました。
「離してくれ!」
私の叫びを無視して、男は私をただひたすら崖下へと引きずろうとしてくる。
崖の下が見えてくる。
底が見えない真っ暗な闇?その中から無数の手や顔が見える。
絶望的な恐怖がこみあげてくる。
「嫌だ、娘に、妻に会いたい……まだ……亡くなりたくない!」
声の限り叫んで必4にもがく私の左手を、ふいに誰かが掴みました。
「パパ?帰ろう」
何で?と思う間に、娘は小さな手に力を込めて私を引っ張る。
私は必4で力を込めて前へと進むが、後ろの男も一段と引きずる力を増してきます。
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このままでは娘まで引きずり込まれる。
「早く離しなさい、もうパパはいいから!」
何度か言っても娘は巌として聞かない。
小さな体に精一杯の力を込めて私を引っ張る。 だがもう後がない。
私は覚悟を決めました。
右手で左手を掴む娘の手を振り払おうとした時、その手をまた誰かに掴まれました。 ……!?
私は新たな手の主を見上げ……手の主も私を見ている。
あの人だった。
前に私が峠で助手席に乗せた女性だ……
彼女は私に微笑みました。
あの時は悲しく寂しげだった顔が今回は……上手く表現出来ないのですが、満ちたりたかの様に、淡く輝く様に感じられました。
彼女は私の後ろを見ると、「離して下さい」と柔らかく、しかし力強い口調で言います。 良く分かりませんが彼女に怯んだのか、男の力が弱くなっていく。
私の中でも不思議と力が満ちてくる様な気がし、渾身の力で男を振り払いました。
二度と見たくない様なおぞましい憎悪の表情で男だけが落ちて行くのが見え、助かった……と思った瞬間に、意識の中の私が意識を失いました。
ふっと目を開けると、そこには私を覗き込む妻が。
左手に温かみを感じ視線を移すと、娘が私の手を握ったまま私の手に被さる様に眠っている。
私は目だけで周囲を見回し、ここが病室だと理解しました。
助かったんだと安堵すると娘が起き、私に微笑みながら「パパおかえり」と。
私は泣きそうになりながら左手で娘の頭をやたら撫でつつ、ありがとうとしか言えませんでした。
後で娘が言うには……病室で眠ったら夢であの人に「パパを迎えに行こう」と言われたそうです。
娘が助けに来てくれなかったら、やっぱり私は連れていかれてたのかな……
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