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俺は11歳頃まで父方の実家で、父・母・祖父母(+数年後に弟)と一緒に暮らしてた。
で、この祖母と母の嫁姑仲が最悪に悪かった。
恐らくそこから全て始まったんだけど。
まず婆さんは母の出産自体気に食わなかったらしく、生まれたばかりで退院して間もない俺の額を指で凹ませて頃そうとしたことが二度ほどあったらしい。
んで当然ながら時間が経つにつれて和解。 おばあちゃんは優しくなりました。
……なんてことはなく、まあ力で支配じみたことを10年ほど我慢してたんだが、ついに母親がキレて、 父と離婚→俺と弟連れて引越しし、婆さんとの縁は切れた。
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……かに思われたんだけど、その日、3.11の時には丁度爺さんの命日で、爺さんには何かと世話になったということで、実に9年ぶりに父方の実家に戻っていた。
その時家にいたのは俺、弟、婆さんの三人。
(母と父は仕事で夜に来ることになっていた)
丁度出前の昼飯を食い終わり、コタツで週刊ナントカという女性向け雑誌見てる時だった。
『バキン!』と、とてつもない音がなり、家全体が持ち上げられて落とされたような衝撃。 それから『バキバキ』と家全体を鳴らしながら本当に身動きが取れないほどの縦揺れが続いた。
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俺は四つん這いでコタツから這いでて玄関に向かい、高速自動ドアと化してる扉を抑えつけて大声で弟を呼んだ。
爺さんの書庫で小説漁ってた弟が、同じく四つん這いで生まれたての子鹿みたいに這って出てきた。
その時、婆さんは仏間。
完全に婆さんのことは頭になかった。
なんとか弟を家から出し、降ってくる瓦を避けながら庭で二人うずくまっていると、 ガラス越しに仏間でうずくまる婆さんの姿が確認できた。 その頃には揺れがだいぶ収まっていて、他の家々から人が出てきて安否確認なんかをしていた。
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- 俺は何を思ったか再び家に、婆さんを救助しに入った。
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婆さんは半分泣きながら爺さんの位牌と経本のようなものを抱えて、何かぶつぶつと念仏のような独り言のようなものをつぶやいていた。
俺は硬直してる婆さんの腕を取って
「ばあさん危ないから家出よう」とかなんとか言った。
ここで婆さんまさかの
「やんた(嫌だ)」発言。
家の中はめちゃくちゃ、瓦もガラスも散らばっていて、外では防災無線がガンガン鳴り響いている中、
「えさ居ればいい!おは居る!」
(家に居ればいい!私は逃げない)
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俺パニック。家は高台にあったが海に近く、津波はとてもここまできそうにないが次揺れたら家は潰れそうなくらいのギシギシっぷりだった。
婆さんの両肩を掴むと羽交い締めのように抑えつけ、比較的ガラスが飛び散っていない縁側から婆さんを連れて脱出した。
婆さんは発狂していた。
外では防災無線がますます鳴り響き、海抜の低い下の方の家の住民が喚きながら坂を登ってきたり、 クソ狭い小道を軽トラがギチギチに占領していたりでえらい騒ぎだった。
婆さんは庭に出してもまだ尚何か叫んでいて、家は誰が守る?とか、 通帳はどこだ?とかあとはほとんど訛りが強くて聞こえなかったがとりあえず大いに取り乱していた。
弟だけは冷静に携帯を開き、電波が全く通じないこと、恐らく津波が来ること、 車で逃げると氏ぬかもしれないこと、
母と父は内陸部にいるので恐らく無事であろうことを淡々と俺に説明した。
この時点で恐らく15時ころ。
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家の脇の道路を見ると車がありえないほど渋滞していて、
車の隙間を縫うように下から人が避難してきていた。
ここで婆さんがまた大声を出す。
「遺影もってこ!!
その後、「通帳とタンスの金もだ!」とまくし立てるように言うと俺に指を差した。
「そんな時間ない!山に上がるぞ!」
「裏から行こう。ばあちゃん俺が担ぐから兄貴は道確保して」
「おらはいかねえ!爺さん置いてくのか!?財布も忘れだ!!」
婆さん、頑として譲らない。
そこで俺もちょっと油断した。
うちは高台にあるから津波なんてここまで来ないだろ。
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婆さんを黙らせるためには仏壇の写真をとってくればいいんだ。
俺は弟に「先にいけ、ばあさんは俺が連れて行く」と言い、再び家に。 余震が続いていてガラス片がバリバリいいながら降っていた。
俺が、倒れた仏壇の下から遺影を引っ張り出していると、なぜか家の中までついてきた婆さんが 「それでねえ!大きいのだ!上のだ!」 と、梁に立てかけてある、肖像画くらいの大きさの爺さんの遺影をアゴをしゃくって挿した。
梁には、はしごを使わなければとても手が届かない。 俺もだんだん冷静になって頭に来始めて、 そんなもん無理だ。自分で取れ!」と怒鳴った。
家の外から 「来たぞー!!」 と誰かが叫ぶ声が聴こえた。
また余震だと思った。
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とんでもない音で地鳴りが鳴り始め、
「外では逃げろ!とか早くしろ!」
とか、一人ではなく大勢が叫んでいた。
ただならぬ気配に外に飛び出した。 坂の下、海のほうを見下ろすと砂浜がなかった。
真っ黒い墨汁のような水が防波堤ぎりぎりまで満たされていた。
「津波だー!!」
と、誰かが叫んだ。
「ばあさん!だめだ!もうダメだ!津波が来た!写真持ったべ?逃げるぞ!」
「財布はどこだ!?」
坂の下の方では、声をかき消すくらいバリバリと雷と台風でもいっぺんに来たような轟音が鳴り響いていた。
俺は問答無用で婆さんの腕を掴んで裏口へと走った。
横目で坂の下を見ると、幼馴染の実家に波に流された軽トラが突き刺さっていた。 「ばあさん!弟は!?先に行ったか!?」
「財布とってねえ!おめえ、写真どこさやった!?おい!」
婆さんも俺に渾身の肩パンを繰り出しながらずっと叫んでいた。 ずっと後ろの方で悲鳴が聞こえていた。 裏口を回って山道に出る。
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少し見通しのいいそこに立つと、うちの二軒下の家に大量の瓦礫がぶつかってドリフのコントのように押し流されているところだった。
瓦礫の中に赤い服着た人間が混じってた。
どう考えてもここまで来る。それもあと数十秒で。
『あ、氏ぬの?』と漠然と思った。
ぽかんとしている俺の肩を婆さんが突き落とすように押した。
「写真どこさやった!おら位牌ももってねえが!!おめえ早く取って来い!!」
婆さんは今津波に飲み込まれようとしている家に戻れと、俺に言っていた。 俺はそこで我に返って、急いで後ろの急斜面の何の舗装もされてない山を四つん這いで登った。 婆さんが俺の脚を掴んで引きずり下ろす。
「おい!おい!!津波来てんだぞ!」
「早く行け!おめえ、誰が育てたと思ってる!?」
「何いってんだお前!早く登れよ!なんなんだよ!」
「おらが生かしてやったんだぞ!!おめえを!あん時氏ねばよがったんだぞ!早く行け!!」 泥まみれの土まみれで四つん這いのまま婆さんを振り返ると、婆さんは俺の脚を掴んで、 子供の頃に見たあの人呑鬼そっくりのブチ切れ顔で俺を更に引きずり降ろそうとしている。
婆さんの後ろには家と、車の塊。 俺が戻れと言われていた実家はもう瓦礫にもみくちゃにされて、今まさに砕けているところだった。
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婆さんの顔を見て、小さい頃の婆さんとの思い出がパラパラマンガみたいに脳裏に蘇った。
猫が食った後の残飯を食わされたことや、 部屋の隅にビニールテープの陣地を作られてそこを出ると殴られたことや、
母ちゃんの悪口を書いた手紙を読まされたこと、 飼ってたインコに粉洗剤を盛られたこと。
そんで出ていくきっかけは、俺を生垣から突き落としたことだったなあ……と。
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急に冷静になって、
「あ、うん」なんて返事をして、腰を捻って下にいる婆さんの両腕を引っ張りあげるように掴んだ。
大部分の瓦礫は道路側に逸れて、流れの早い波がさっき上がってきた裏庭を駆け上がってきていた。 俺が気の抜けた返事をしたからか、自分を引っ張り上げてくれるような動作をしたからか、 婆さんは一瞬素の顔に戻って力が抜けた。
そんでそのまま、両腕を持ったまま、婆さんを下に向けてポイっと放った。
婆さんは一段下の山道へ尻餅をついて、「おい」と普段呼びかけるようないつもの調子で言った。
いつもの顔をしていた。 俺はそのまま四つん這いで山を駆けのぼった。
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ゴーゴー爆音がそっちこっちで鳴り響いていて、夢中で登った。
今どこまで津波が来ていて、自分の進んでいる方向は正しいのか、一切わからなかった。
どのくらい登ったかは定かじゃないが、ふと後ろを振り返ってみると7mくらいの所で波は止まっていた。
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波が引いていくのを見て、婆さんの姿を瓦礫の間に探したがもう居なかった。
あれから一年経つが、婆さんは未だに見つかっていない。
……以上で話終了。
家族で亡くなったのは婆さんだけで、婆さんの届は親父の手によって早々に出されたらしい。
ちゃんと探したのかどうかもわからんが、これ以降親父の親族近辺には関わっていない。
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